長編(航海士) | ナノ


ところがどっこいしょ


バカは風邪を引かない。そもそもリコリスが風邪を引くこと事態珍しかったのだ、とローは思う。寝込んでいた間は随分としおらしかったリコリスだったが、治ってみれば全くもって何時もの調子だった。

「しっ、島だぁーー!!」

見張り役だったキャスケットの声が船に響き、甲板へと船員達が出てくる。その全員の口は悉く開いていた。絶句、唖然、呆然。そんな感じだ。まぁ、事前に話しで聞いていたローでさえも驚く光景なので無理もない。

ただ一人の例外だけが彼の隣で跳ねていた。

「つまらない常識に捕われていてはこの海を航海することなんて不可能に等しいのですよ」

「確かに、その点お前には適任だな。常識ねぇもの」

「あっ、ロー船長酷い! ……ゴホン、まぁいいです。見てください、この冒険しがいのある島を!」

リコリスが指先した島。
フリーズしていた船員達もやっと元に戻り、各々が甲板から身を乗り出して島を眺める。

その島は全てが硝子の様な鉱物で出来ていた。遠くに見えていた時には分からなかったが、岸に着いてからはよく分かる。地面の砂は勿論のこと、木やら草花までが硝子特有の透明さで輝いているのだ。硝子の動物でもいるんじゃないかと思い、探してはみるが見当たらず、普通の渡り鳥は沢山いた。

「何て久々のワクワク感っ」

「おれもワクワクするー」

航海士の平常心は何処かに吹き飛んでいた。ベポと腕を組み、その場をクルクルと楽しげに回っている。何て落ち着きのない奴らだ。……リコリスなんて病み上がりのくせに。ローは眉を寄せた。


「おい、あんまり急に動き回るな、ぶり返すぞ」

「きゃあ、ロー船長が心配してくれた!」

「何こいつ、うぜぇ。テンション上がり過ぎててうぜぇ」

「青い海が私を呼んでるっ! ロー船長っ、今なら私泳げる気がしますよ!」

「おれも!」

「……そうか、頑張れ」

もうどうにでもしろよと、投げやりに答えるローを他所に、ハイテンションの二人は船縁へと足を掛けた。
泳ぎたいんなら、お望み通りにとばかりに愛用の長い刀でその背中を押したロー。

瞬間、水飛沫が上がった。

「うひゃぁああー……」

何とも間抜けな悲鳴と共に落ちて行ったのはリコリスだけだった。当然といえば当然だ。可愛いベポを海に突き落とすなんて真似はローには出来ない。

その音で正気に戻った船員達が、相変わらず泳げないリコリスを助けるべく飛び込んだ。

「どうだ、頭冷えたか?」

「ええ、とっても」

海水をたらふく飲み込んだリコリスが救出されたのは十数秒後だった。

「……ゴッホン、では、気を取り直して説明したいと思います」

看板の上にて上陸作戦会議は始まった。誰かが何処からかともなく持ってきた机を真ん中にして船員達が集まり、意気揚々とリコリスは説明を始めた。

「えー、この島は見ての通り、硝子の様なもので構成されている小島です。しかもっ……此処からが重要なんですが、これを御覧下さいっ!」

バシンっ。鋭い音をたてて広げられた地図に視線が集中した。とても古びているそれは何とも言えない雰囲気を醸し出していた。

「これは、前の島で得た宝地図だ。信憑性は高い」

不意にローが口を開き、一瞬その場が静まる。

「た、宝……?」

驚いた顔をした船員達だが、直ぐさま笑みが広がり、誰からともなくざわめきが起こる。肉、女、と各々呟きながら涎を垂らし始めるベポとキャスケット。一気に志気が上がった。

一番言いたかった台詞をローに取られたリコリスは少し不満そうだったが。

「ここ、の辺りですね」

流石、何時も冷静なペンギン。中央に位置する山の頂上辺りを指さした。大きくバツ印がついていた。ニヤリと口元を歪め、頷くロー。

「ああ、勿論、行くよな?」

わざわざ、問うまでもないとばかりに、一斉に手が上がった。

『アイアイっ! キャプテン、何処までもっ!』

* * *

「……とか言ってた頃はよかったよなぁー」

「いきなり難関だな……」

「おれ、爪が邪魔で登りにくい」

「ロー船長ー、うちのクルーに登山家いないんですか?」

「そんなもんいるか、取り敢えず戻るぞ」




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最終章です。
連載再開しました。

3月3日 灯亞





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