まだ微睡みに浸る意識の中で身じろごうとして、自分にひっつく体温にアキは改めて気づいた。徐々に意識が覚醒してくると、隣で寝ていたはずの、片割れと深夜に交わしたやり取りも思い起こされる。
アキはひとつ息をつき、掛け布団をめくった。自分の身体でぬくぬくと暖を取り寝入っている、片割れの銀髪が顎の下にあった。
(……寝苦しくないのか?)
頭まですっかり布団の中へもぐっている雅治にそんなことを思いつつ、アキは欠伸をもらし、枕もとに置いた携帯に手を伸ばした。時刻を確認すれば七時を過ぎた辺り。朝食は八時から大広間でと、昨日のうちにアキはほかの兄弟たちと約束している。
ふと首を巡らせると、室内に敷かれた布団の半分がすでに畳まれていた。起き出している兄たちは、襖を挟んだ隣の部屋で寛いでいるらしい。
起きるには少し早いとアキは思ったが、寝直すには時間が足りなさすぎる。
時間に厳しい兄たちに怒られるよりはと、アキは下に見える銀糸を軽く引っ張った。完全に抱き枕にされている所為で、雅治が起きない限りアキも起き上がることが出来ない。
「マサー、起きろー」
唯一自由になる手で雅治の肩を揺すり、アキは声を掛ける。
当然と言おうか、反応はないがアキは根気強く声を掛け続ける。
「まーさーはーるー。……もう起きなくていいから、せめて俺を離せ」
「ん……」
「お、起きるか?」
頭が動いたことにアキがかすかに期待した、その直後、腰の辺りに回された腕に、手加減なしの現役スポーツマンの本気がこめられた。
ぎしっ、とアキは自分の身体が軋む音を聞いた。
「いっ、だだだだだ! おいマサっ、自分の腕力考えろっ!」
「……寒」
「っ!? お、折れ……っ」
「……なにしてんだお前ら」
涙の滲む目を向けると、開いた襖から顔を覗かせていたジャッカルが見えた。
アキは助けを求めようとするが、最早かすれた声しか出せない。
それでもアキの必死な形相から読み取ってくれたらしく、呆れた表情のままだがジャッカルはアキたちのもとへ近づく。「あー、兄さんたちの誰か、手伝ってくれ」しかし思った以上の面倒さに気づき、応援を呼んでいた。
結果的に兄たち総出となり、アキは雅治の腕から解放された。はぁ……と深く項垂れるアキの肩を、それぞれが慰めにたたいていく。
「んん……なんじゃ、なんかあったんか……?」
「……たった今お前に殺されかけたんだよ」
いまだ寝惚けまなこで、比呂士に肩を支えてもらってやっと身体を起こしている片割れの暢気な態度に、アキはふたたびため息をついた。
「雅治の無意識にも困ったものだね」
そう言って長兄の精市が苦笑し「ついでだから、弦一郎、蓮二。赤也とブン太も起こしてやって」と、あの騒動の中でも目覚めなかったふたりを指さした。
目覚まし代わりとなったふたりの兄の声を耳に入れながら、アキは「顔洗ってくる」と立ち上がった。
「ああ、それなら雅治くんも連れていってあげてください」
「……ヒロ兄、ひでぇ」
「お兄ちゃん、抱っこしてくんしゃい」
「寝言は寝て言え」
腕を伸ばしてくる雅治の頭をはたき、アキは身を翻しさっさと部屋に備えつけの洗面所へ向かった。
顔を洗っている途中で「愛が痛いぜよお兄ちゃん」と遅れて片割れも入ってくる。
アキは顔を拭きながら、鏡越しに雅治を半目で見やった。
「お前の愛の方が痛かったよ」
「それなんじゃけど、俺なにしたん?」
「…………」
まあ、そこは寝惚けていただろうから、記憶になくても仕方がない……とは言え腹が立つのも変わりはない。
洗面台の前を雅治に譲り、アキはやや剣呑な目つきで顔を洗っている片割れの背中を見下ろす。
「抱き枕にした俺を絞め殺そうとしたんだよ」
「は? 抱き枕?」
俺がお前さんを? と初耳だと言わんばかりに驚く片割れに、アキの方が逆に驚かされる。
こいつ、まさか――
「お前、夜中に俺の布団に入ってきたんだぞ?」
「わぁお大胆」
アキの手からタオルを抜き取り、雅治も顔を拭き出す。
確実だ。
片割れは、なにも覚えていない。
「夜中辺り急に冷え込んで、でもそん後ぬくいなぁとは思っちょったが」
「俺、お前のそういうとこ嫌……」
ぐったりと、アキは壁にもたれかかった。
そんなアキに雅治が、鏡越しに楽しげに笑いかける。
「俺はお前さんのそういう甘いとこ、大好きじゃよ」
「……言ってろ」
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