温泉から上がったアキが部屋へ戻ってくると、片割れの雅治がひとり、畳の上で二つ折りにした座布団を枕に俯せで寝転んでいるだけで、ほかの兄弟たちの姿はなかった。
 アキが上がる時には、まだ長兄たち三人と比呂士が浸かっていたが、長湯が苦手な雅治を含め、残りの兄弟たちは早々に部屋に戻ってると言って上がっていったはずだ。

(旅館の中、探検でもしてるのか?)

 アキは極力足音を抑えて畳の上を歩き、座卓に置かれていたデジカメを手に雅治の脇に腰を下ろした。デジカメの電源を入れ、各所で撮った今日いち日の思い出を見返す片手間に、アキは雅治に声を掛ける。

「マサ、寝るなら布団入れ」

 くしゃりと掻き混ぜた銀髪はまだ湿っていて、アキは雅治の肩に掛けられたままのタオルを引っ張り、銀色をそのタオルで覆った。タオルの上に手の平を重ねると、雑としか言えない手つきで水気を飛ばし出す――ものの十秒も経たないうちに、アキの行為は手首を掴む力に止められた。

「なんだ、起きてたのか」
「起きん方がおかしいじゃろ」

 幾分か低い声でそう言い、雅治は畳に手をついて起き上がった。しかし眠っていたのはどうやら本当だったようで、まだ寝足りないと言わんばかりに目を細めながら、アキの手もとを覗き込んでくる。確認中だったデジカメの操作音が気になったのだろう。「デジカメか……」と呟いた雅治は、気が抜けたようにアキの肩に額を置いた。

「雅治? 寝るなら布団行けって」
「……寝顔撮らん?」
「撮らないよ。ただ今日撮った分確認してるだけ」
「……あー……変に写ったん、ある……あれ消して……」
「誰? マサが? そんなのあったっけ……?」

 遊び半分に片割れを被写体に入れたものは、大半がアキ自ら撮影している(その代わりとしてか、同様にアキを被写体に入れて雅治もシャッターを何度か切っていた)。

「どこで撮ったとか覚えある?」
「……滝とか、その辺り……か?」
「お昼前だな……なんだこれ。誰だこの時の撮影者……ああ、赤也か」

 赤也の奴、どれだけ兄さんたちの背中が好きなんだ。
 ぼやいたアキに、笑ったらしい雅治が身体を揺らす。

「歩いてる時は電源切っとけって言ったんだけどな」
「アレは……夢中になったら、すぐ忘れるけぇ……」
「次は誰かに見張っててもらうか……弦一兄とかに」
「……鬼がおる」
「赤也が忠告を守ってればいいだけだろ」

 会話している間も延々と続く背中写真を消去していき、ようやく出てきたまともな写真に、はぁ、とついため息がもれた。
 ふとそこで、アキは肩に掛かる重みが増していることに気づく。

「マサ?」

 ――呼びかける声に返事はなく、ただ静かな寝息だけが聞こえる。

「だから布団行けって……ったく、寝顔撮るぞ」

 そうは言いつつも、アキはデジカメの電源を切り、部屋の隅にやるよう畳の上をすべらせた。座卓に置こうにも腕が届かない。少なくともそこなら誰かに踏まれる心配はないだろう。
 さて、どうするか――肩に乗る銀髪を撫でながら、アキは考える――まあ考えたところで、片割れを起こせも動かせも出来ない以上、ほかの兄弟たちが戻ってこなければアキは身動きひとつ取れない状態だ。できるだけ早く、兄弟たちが戻ってくることを願うしかない。

「……ん」
「え? おいマサ……、っ!」

 雅治も寝相が悪い方ではないとはいえ、不安定な肩の上では軽く身じろぎをするだけでもバランスを失う。
 ずるりと、肩からすべり落ちた銀色にすかさず腕を伸ばすが、座ったままの体勢では支えきれず、腕に掛かる重みを追ってアキの身体も前のめりになる。
 アキがとっさに畳に手をつかなければ、雅治ともども倒れ込む破目になっていただろう。割りに勢いがあっただけに危なかった。
 はぁ、とアキは深く息をつき、下になった雅治の表情を窺う。どこかぶつけていないか心配したが、苦痛を訴えるでもなく、相変わらず暢気に寝入っている片割れに安堵する。と同時に腹立たしさをアキは覚えた。雅治の頭の下に敷かれ、クッションの役目を果たした腕が地味に痛む。

「っとに……男を押し倒す趣味はないってーの」

 畳についた腕を使って身体を起こすと、アキは近くにあった座布団を引き寄せた。先ほど雅治本人がしていたように座布団を枕代わりにし、痺れの広がる片腕を振りながらアキは立ち上がった。布団が敷かれたひと間を見渡し、雅治の鞄を見つけたアキは遠慮なくファスナーを開ける。中を探り、底の方に入っていた目当ての物を引っ張り出す。
 片割れはしっかりと、愛用のタオルケットを持ってきていた。

(……マサの奴、来年の修旅の時はどうする気だ?)

 この調子では持ってくる気なのだろうか。しかしさすがに学校の連中にそんな姿はさらさないだろう――かっこつけだしな、こいつ。
 タオルケットを持って雅治のもとへ戻り、アキは雅治の身体にタオルケットを掛けてやった。子どもの時分には大きいと感じていたが、今やさすがに肩や足にまでは届かない。まあ、ないよりはマシだろう。
 あとでセイ兄と弦一兄に布団まで運んでもらおうと、アキは乾きかけの銀髪にそっと指を通した。



睡眠に必要なのは愛用品か片割れ。


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