ちょうど帰宅ラッシュの時間と重なり、駅前の広場は様々な人々でごった返していた。アキは行き交う人の邪魔にならないよう柱の陰に身を置き、斜め上を仰ぐ姿勢で約束相手を待っていた。
 視線の先にある時計をぼんやりと見つめながら、アキは手持無沙汰に自身の腕時計をいじる。
 今日の昼休みのことだ。いきなり「映画観に行かんか」と誘ってきたのは片割れの方だった。めずらしいこともあると、アキは率直に思った。音響が耳に痛いだの見知らぬ人間が近くにいるのが不快だの、映画館に足を運ぶこと自体を片割れは敬遠していたはずなのに。
 わずかな時間だが自分を凝視するアキの視線から、アキが思っていたことを正確に読み取っただろう片割れは、やや乱暴にアキの前の席に腰を下ろすと「観たがっとったんは俺だけじゃなかろ」と脇に挟んでいた雑誌をテーブルの上に放った。あらかじめ、目当てのページを表にして持ってきていたので、アキはすぐに片割れが言わんとしていることに気づいた。
 何本かの作品を紹介しているページには、確かに以前アキも興味を持った作品が載っていた。これとは違う別の雑誌かなにかで紹介されていたそれに「面白そうだな」と呟いたことを、近くで聞いていた片割れはしっかり覚えていたようだ。しかし、この作品はいわゆる単館系というやつで、上映されている映画館がそれほど近いとも言えず、いつか機会があればとアキは思っていた。
 つまり、今がその機会なのだろう。
 帰宅部のアキと違い、片割れはテニス部に所属している。部活動が終わったのち、映画館の最寄駅前に集合と話し合うまでもなく決まった。終わったら適当に連絡すると片割れが言う。
 それまではこっちも適当に時間を潰してるかと、放課後になり、学校を出て真っ直ぐ最寄駅に向かったアキは、駅前ビルに入っている店をひやかしながら見て回っていた。気になった店の前で幾度か立ち止まり、実際に商品を手に取ったりしていれば、不意にアキの携帯が震えた。受信したのは片割れからのメールで、もうすぐ着く、とそのひと言だけが記されていた。
 もうすぐっていつだよと思いつつ、アキは返信をせずに携帯を閉じると、気持ち足早にビルを出て駅前の広場へ向かい――まだ来ない片割れを待っていた。
 柱に寄り掛かるアキは、もれそうになったあくびを噛み殺し口を手で覆った。

「ねえ、そこのキミ」

 と――
 思いっきり油断しているところに声を掛けられ、アキは大げさに身体をびくつかせた。「かわいーっ」とそんなアキの反応にはしゃいだ声を出すふたり連れの女性は、当然ながらアキの待ち人ではない。
 予期せぬ状況に、アキは柱から背を離し、姿勢を正す振りをして一歩だけ足を引かせた。

「さっきからヒマそうにしてるけど、誰か待ってるの?」

 どうしようかと、アキが言葉に詰まっているうちに女性のひとりが話を進めようとする。うまく切り抜ける台詞が思いつかず、アキは「あー、まあ」と濁すような物言いしかできなかった。
 はっきり言って、アキは女性と接し慣れていない。特に自分に関心を寄せてくる異性にどう接していいかいまだにアキは掴めず、曖昧な対応をしては片割れから怒られたりしている。派手な容姿(なり)をしているが、向けられた好意にはきちんと向き合った上で容赦なく断っている片割れの方が、自分より遥かに誠実だと言える。
 ふっ、とアキは小さく息をついた。
 目下の問題は、片割れと同じような態度を、いま目の前にいる女性たちに取れるかということだ。
 ――可能性は、限りなくゼロに近いが。

「でも結構待ってるみたいだし。まだ待つなら、ちょっとだけ遊ばない?」
「ひとりで待つより楽しいでしょ?」
「いや、あの……」
「すまんのぅ、お姉さま方」

 背後から――そんな言葉と同時に、アキの身体に腕が回された。
 肩に重みが乗り、視界の端を銀色がかすめる。

「先約は俺じゃけぇ、ほか当たってくれんか?」
「――」

 雅治、と待ち人の名前を呼ぼうとしたアキの声は、色めきだった悲鳴に近い音に掻き消された。

「え?」
「ほれ行くぞ」

 肩に回った腕に引っ張られるようにして歩きながら、アキはちらりと背後を振り返った。
 まだ同じ場所にいる女性たちは、口許を手で覆ってはいるが興奮を隠しきれていない様子で、自分たちを見つめていた。……一体なんなんだ。

「俺らみたいなんがくっついとるだけで、喜ぶ人間がおるんじゃよ」

 アキの愚痴めいた呟きに律儀に答える雅治に、アキは「ああ、そう」と力なく返した。
 なんとなくわかったような、わかりたくないような……。

「つーか……雅治」
「なんじゃ?」
「俺ら目立ちすぎ」

 先ほどの悲鳴で周りの目が少なからず集まったが、その中をいまだ肩を組みながら歩いていれば、ただでさえ人目を惹きやすい自分たちのこと。すれ違う人という人が、訝しげな――あるいは興味津々といった目で見ていくのを、さすがのアキでも感じている。
 アキとは比べるまでもなく、他者からの目に聡い雅治が気づいていないはずがない。

「まあ……今日ぐらいサービスぜよ」
「誰に対してだよ。地味に痛いから、離せって」
「なら腕でも組んどくか」
「だから、誰にサービスしたいんだよ、お前は」

 本気で組んできそうな雅治の腕を固め、背後を取ったアキは「お前は先歩け」と雅治の肩を押しやった。

「……他人にサービスするわけなかろ」
「ん? 雅治なに?」
「隊列組んどる方が目立つと思うがのー」
「じゃあ大人しくしてろよ」
「充分、大人しくしとるじゃろうが」
「とか言ってガキみたいなことをお前はやる、ってだから腕離せ!」

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