「あ、アキ兄ちゃんっ、マサ兄ちゃんっ」
体育の授業を終え、校舎に入ろうとしていたアキと雅治は、今まさに校舎から飛び出してきた赤也と出くわした。彼らの方はこれから体育のようで、体操服に着替えている赤也はもう待ち切れないと、溌剌とした表情でいる。
「兄ちゃんたちも体育だったんだな」
「ああ。お前も頑張ってこい」
「当ったり前だろっ」
「ナマ言いおってからに」
手加減などなしに雅治に頭を撫で回され、赤也は悲鳴を上げながら、どうにか雅治の手から逃れようと奮闘している。
アキは弟たちがじゃれ合うのを、しょうがねぇ奴らと思いながら見ているだけで、積極的に止めようとはしない。
「ぎゃー! アキ兄ちゃん助けてぇ!」
大抵は、どうにもできなかった赤也が助けを求めてくるまでは放置だ。
「ほら雅治、着替えに行くぞ」
「お前さんはほんに赤也に甘いのぅ」
「すぐに助けてくれないアキ兄ちゃんもひどいと思う……」
赤也の頭に、兄たち二人の拳が落ちた。
逃げるようにグラウンドの方へ走り出した赤也に、周りで成り行きを見ていた後輩たちも、アキと雅治の二人に頭を下げながら赤也を追いかけていく。先頭を走る赤也は途中でくるりと振り返り、もう何事もなかった顔で無邪気な笑みを兄たちに向けた。
「今からソフトの試合やるから、応援しててよ兄ちゃんたち!」
手を振りまた駆け出した赤也に、アキも苦笑気味に手を振り返す。
その横で、腕を組む雅治はなにかを企む嫌な笑みを浮かべた。
「一発賭けんか?」
「雅治、お前な……」
アキはため息をついた。
しかし雅治は平然とした顔で続ける。
「赤也のチームが負けるに、今日の昼飯代を賭けるぜよ」
「おい」
そこは身内が勝つ方に賭けるのが普通だろう。
雅治は「なにか問題でも?」と言わんばかりの白々しい表情で校舎の中へ入っていく。
賭けに乗った形になってしまったアキは、ふたたびため息をつき、雅治を追って校舎に入っていった。
+ + +
グラウンドから上がった大きな歓声を、アキは授業中の教室で聞いていた。
+ + +
「お、赤也」
「あ、アキ兄ちゃん! マサ兄ちゃん!」
昼休み、食堂で昼食の乗ったトレイを手に席を探していたアキと雅治は、友人たちと座って昼食を摂っている赤也を見つけた。呼び掛けた赤也は、嬉しさを前面に押し出した表情で振り向いた。
その途端、隣に立つ片割れがわかりやすいほど仏頂面になったことに気づき、アキは膝で軽く雅治の脚を蹴った。
赤也ではなく周りを怯えさせてどうする。しかも、肝心の赤也にはまったく通じていない。
「よかったな赤也。ソフト、勝ったんだって?」
「うん! 俺のホームランのおかげだぜっ」
「チッ、余計なことを……」
「おいマサ」
え? という顔をする赤也に、アキは「なんでもない」と引きつった笑みで答えた。
「今こいつ、自業自得で虫の居所が悪いだけだから、気にするな」
「うっさい」
すっぱりと断ち切るようにそう言った雅治は、通り過ぎざまに赤也のトレーからデザートをかすめ取るという、子どもじみた嫌がらせを仕掛けていった。
「俺のミルクプリン!」
「雅治っ」
追いかけても、どのみち意地でもプリンを返そうとしないだろうことは簡単に予想でき、アキは立ち上がろうとする赤也の肩を押さえる。「アキ兄ちゃん!」非難染みた目で見上げてくる赤也の頭をぽんぽんとたたき、自分のトレーからアキはデザートカップを赤也のトレイに移した。
「ゼリーになるけど、これで我慢しとけ」
「う、うぅ……」
「騒がしくして悪かったな」
アキはすっかり縮こまっている周りの後輩たちに声を掛け、赤也の髪をやわく掻き回しその場を離れた。
(さてと……)
食堂内を見渡し、アキは片割れの姿を探す。
まず先に空いている席を見つけ、その辺りに目を凝らすと、ちょうどその席に向かっている雅治の姿があった。アキはすれ違う相手に気をつけながら、雅治のもとへ向かう。
「席確保、ありがとな」
「たまたま誰も座らんかっただけじゃ」
そりゃあそんな不機嫌そうな顔をしていたら、誰も前に座ろうと思わないだろう。
アキはそんな雅治の顔を一瞥し、彼の前の席に腰掛けた。
「……お前さん、ゼリーはどうした」
「赤也が泣きそうだったから、やったよ」
「チッ……ほんにお前さんは赤也に甘いぜよ」
「お前のフォローしただけだろ。あ、それと、赤也は耐性あるからいいけど、他の一年の前でその顔止めろよ。ビビってたぞあいつら」
「おーおー、それは悪かったのぅ」
まったく悪いと思っていない顔で、雅治は手にしたお椀から味噌汁を啜る。
これは……長期戦になりそうだ。
(手っ取り早く、今夜は肉にでもするか。赤也も喜ぶし)
片割れのご機嫌取りの方法を考えながら、アキも「いただきます」と箸を手にした。
とりあえず肉食わしときゃいいだろって思ってる・思われてる双子。
誤字脱字、不具合等お気軽にお報せください