頼りなげな電灯の向こうに浮かぶ時計に目を凝らせば、時刻は十時を回ったところだ。
夏休みだからか、いつもより警察の巡回を多く感じる。この公園で時間を潰している間に、深亜は三台のパトカーを見送った。幸いにして、向こうは深亜の存在に気づかなかったらしい。
もう少し経ったら、ファストフード店かどこかの店へ行きそこで夜を明かそうと、深亜は地面を蹴ってブランコを揺らした。
キィキィ、と鎖が鳴く。
「こぎゃんとこでなんしとっと?」
そんな声とともに、ざり、と砂地を踏み歩いてくる音が近づいてくる。
深亜は爪先を見つめていた顔を上げ、軽く目を瞠った。
真っ直ぐと深亜の方へ向かってくる長身の男は、ちらりと深亜の足もとにある鞄を一瞥し、ブランコの柵の手前で歩みを止める。
「いくら夏休みかて、子どもがこぎゃん時間まで遊んどっていかんばい」
「……お兄さん、九州の方の人?」
聞き慣れない訛り口調が気になり深亜が首を傾げれば、男は苦笑を浮かべ「話ば逸らさんと」と言った。
深亜はため息に似た息を吐き、またブランコを揺らす。
「さすがにもう公園で遊ぶ歳じゃない……ただ、時間潰してるだけ」
「なんにしても、夜に女の子がひとりでおるんは危なかよ」
「お兄さん、警察の人?」
もしかしてと今さらに思い深亜はそう訊ねた。「ただの社会人ばい」男は笑って答えた。
「って、さっきから話ば逸らしてばっかね、こんお嬢さんは」
「別に……そんなつもりないけど」
ただ、気になることを気になったまま流せないだけだ。
良くも悪くもマイペースを保っている深亜だが、学校という狭い環境に限れば、深亜のそれは短所に近く、クラスメイトとは当たり障りのない言葉を交わすことがほとんどで、おかげで親しい友人と呼べる相手のひとりもできていない。
自分がどうなろうと、心配してくれる人間などいやしない――内心で自嘲しながら、深亜は固まった表情のまま男を見上げる。
「そろそろ行こうと思ってるから、大丈夫」
「行こうって……うちには帰らんとや?」
「捨てられたから、帰るうちがないの」
なんの感情も込めずに告げた内容に男は目を見開き、その顔には瞬時に不快感をあらわにするそれが浮かぶ。
そこが境界であったかのように、こちら側へ踏み入ろうとしなかった男はあっさりと柵を乗り越えると、まるで幼い子に接するみたく、深亜の前に腰を落とし顔を覗き込んでくる。
男の行動に、今度は深亜が驚く番だ。
「お兄さん……?」
「うちに帰れんとなら、どこ行くと?」
「え?」
困惑気味に、深亜は駅前にあるいくつかの店名を挙げた。駅前は人通りも絶えず賑わしいだけに、二十四時間営業の店などが多く並んでいる。深亜も真っ先に思い浮かべたファストフード店や、ファミレス、カラオケ店――深亜が指を折っていくたび、男の顔はますます険しくなっていく。
「誰か泊めてくれる友達――のおったらここにおらんな……」
一転、はぁ、とため息をつき、首に手を当ててなにやら考えている様子の男を、つい深亜はまじまじと凝視してしまう。
もしかしなくても……この人は、自分のことでこんなにも悩んでくれているのだろうか。
クラスメイトや、実の親でさえなんとも思っていない自分のことを、なぜ初めて話したばかりのこの人が気に掛けてくれるのだろうか。
(……おかしな人)
深亜にそう思われていることなど当然知るよしもない男は「あー……」と唸り、深亜を窺うように目線を上げる。
「……変な意味はなかよ?」
「なんのこと?」
立ち上がった男を目で追い掛ける。
男は深亜に向け、手を差し伸べた。
「よかったら、うちおいで」
「…………」
深亜はただ茫然と、男を見上げる。
「男の独り暮らしで、部屋も広くはなかばってん、ひとりで夜ば明かすよりはずっと安全たい」
「……お兄さんは、いいの?」
「そっはこっちの台詞だけん」
やわらかい笑みを浮かべる男に、深亜の表情が初めて崩れた。
今にも泣き出しそうに目もとを歪めながら、男の手を両手でぎゅっと捕らえた。
「わたしを、拾ってください」
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