目覚めたばかりの視界に、明らかに自分以外の肌の色が入り、深亜はぴたりと動きを止めた。まだ寝惚けている思考を無理に働かせ、ようやく昨日の出来事を記憶の中から引っ張り出してくる。
 途端に、もれそうになった重いため息を辛うじて留め、深亜は布団の中でわずかに身じろぎ、シーツに額をうずめた。

(あー、そうだ……昨日は千里に捕まったんだ……)

 昨夜はこの地にも雪が降った。
 夕食近くになって降り始めたと思った雪は、夜が更けていくに連れ静かに降り積もっていった。寮の自室の窓から外の様子を窺っていた深亜は、つい好奇心に従い、雪に触れようと外へ出ていた。
 門限までには帰ればいいと軽い気持ちで出てみれば、門限どころか、無断外泊、寮への異性連れ込みという、寮の禁止事項まで結果的に破る破目になってしまった。寮へ異性を連れ込んだのは千歳の方だが、深亜も当事者であることに変わりはない。
 こんなことが実家にいる祖母や姉にばれたら、自分はすぐに家へ連れ戻され、当分監視の目がつくだろう。

(千里は……一生うちに上げてもらえないだろうな)

 他人事のように思い、深亜は肘を立てて少し上半身を起こした。
 ふと、外の様子が気になった。
 閉め切られたカーテンの隙間から、うっすらと外からの明かりが這入りこんでいる。朝になっていることはわかるが、いま何時だろうと、深亜は時計を探した。しかし目線が届く範囲に時間を示す物は見つからなかった。
 ――仕方ない。
 深亜はシーツに手をつき、完全に身体を起こす。窓の方を見やりながら布団の中から脚を出そうとすれば、いきなり腕を掴まれたことに深亜は身体全体をはねさせた。

「っ、あ……せん、り?」
「……どこ行くと?」

 いつの間に起きていたのか、掠れた声でそう言った千歳は眠そうな目を深亜に向けていた。片手で欠伸を抑え、目をこすっている間も深亜の腕を離そうとしない。
 深亜は腕を掴む千歳の手を見つめ、小さくため息をついた。

「いま何時か、確認したかっただけ」
「あー……」

 千歳は自身の枕もとの辺りを探り始めた。掴み取ったのは、千歳自身の携帯だった。
 携帯を開き、画面の明るさに千歳は目をすがめる。

「六時……四二分ばい」
「そう。そろそろ戻らないと危ないね」
「え、もう起きてまうと?」

 心底意外そうに言う千歳を、深亜はつい半目で見据えた。

「……君、寮に女連れ込むのがいけないことってわかってる?」
「布団でごろごろするん、気持ちよかよ?」
「有意義な時間だね。おひとりでどうぞ」
「あー、わかったけん、部屋ん中あったまるまで待っとって」

 布団から出ていこうとする深亜を引き止め、千歳は起き出すと「寒……」とぼやきながら壁に備えつけられたリモコンのボタンを押し、エアコンを作動させた。下着一枚の姿で、見た目にも寒い格好のまま千歳はベッドの周りを歩き、拾い上げた二人分の衣服を深亜の前に置いていく。
 深亜が自分のと千歳のとをきちんと分けていれば、千歳は「顔洗ってくっけん」と先に洗面所へ向かう。
 その背中に、深亜は呆れ混じりに呟いた。

「なにか着なよ」
「ん? なん?」
「なんでもない」

 深亜はさっさと着替えに戻った。
 千歳が洗面所を使っている間に着替えを済ませ、千歳と入れ替わりに洗面所で用意を済ませると、こちらも準備を終えていた千歳が、ベッドに腰掛け深亜を待っていた。
「もうよかね?」の問いに、深亜は軽く頷いた。

「ところで、帰りも正面玄関通って大丈夫なの?」
「んにゃ、こん時間はもう管理人さんおるけん、さすがに通れんばい」

 だけん、非常階段で出るしかなか、と千歳は非常階段があるのだろう背後の方を親指で示す。
 深亜は曖昧に「ふぅん」と応え、壁に掛けられたコートに手を伸ばした。

「はぁ……もうちぃと深亜とおりたかったとに」
「学校でも充分すぎるくらいわたしの隣にいるじゃない」
「学校じゃ全然いちゃつけんばい」
「…………」

 あれで? とこぼしそうになった言葉を、深亜はどうにか呑み込んだ。なんだか途轍もなく恐ろしい話を聞いた気がする。
 不用意になにか言えば更に事態が悪化しそうで、深亜は黙ってコートの袖に腕を通した。
 はぁ、とふたたびため息をついた千歳も、重い腰を持ち上げる。
 ごく自然に取られた手に深亜が顔を上げると、すぐ間近に千歳は顔を寄せていた。驚きに動けなかった深亜の一瞬をつき、かぷりと唇に喰らいつく。

「……千里」
「充電、さして」

 頬を包まれ、上から千歳に覗き込まれる。
 深亜は諦めて目を閉じた。

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