(ポケ×テニ)



 数ヶ月ぶりに鳴った通信機の音に、あまりにも久方ぶりに聞いた音がいったいなんの音なのか、千歳は数秒考え込むほどだった。
 放浪中の千歳のもとに連絡が入ること自体まれなことだが、自身も所属している、リーグ本部からの連絡に、めずらしいこともあるもんだと千歳はそれを受けた。馴染みの係員が慌てた様子で話し出すのも、これまためずらしいことだ。
 早口気味に告げられた内容は、現在リーグに臨んでいる挑戦者が四天王のうち二人に勝利、至急戻ってくるようにとの召還命令だった。
 普段なら面倒だと聞き流すところだが、そのくだんの挑戦者の快進撃を聞き、千歳は知らず笑みを浮かべていた。そこまで骨のある挑戦者は、ここしばらくいなかった。
 挨拶もそこそこに通信を切ると、千歳はリザードンを呼び出し、リーグへ向けて飛び立った。
 今いる場所からリーグまでは、少しばかり時間が掛かる。挑戦者の勢いが止まらなければ、千歳が戻りつく前に四天王を突破しているだろう。
 ――“止まらなければ”の話だが。
 予想通りの時間を掛け、千歳がいつもの場所に降り立つと、相変わらずの静寂が千歳を迎えた。山の頂に聳え、訪れる者も滅多にいないここら一帯は、独特の雰囲気を有している。
 千歳はリザードンをボールに戻し、とりあえずいつものように近くの建物へと入った。表面がすり減ったカードをカードリーダーに通しドアを開ける。
 リーグを統括する本部のほかに、この頂には四つの砦が設置されている。四天王の彼らが、挑戦者をそれぞれ迎え撃つためのバトルフィールドだ。
 いつ何どき誰からの挑戦も受けるというリーグ本部の方針により、山を下りることの叶わない彼ら四天王のため、そこには併設して彼らの居住スペースも用意されている。
 千歳が降り立つのはいつも、四天王の紅一点である彼女の居住スペース側の一角だ。
 敗北した四天王二名に彼女は含まれていなかったので、連絡の来たあの時点では彼女は敗れていなかった。もしもまだ挑戦者と対戦中ならば、久しぶりに腕前を拝見させてもらおう――そんな腹積もりで、居住スペースを通りバトルフィールドへ向かおうとした千歳は、通りかかった一室で寛いでいた彼女を見つけ足を止めた。

「なん、もう終わってまったとや?」
「……いい加減、勝手に入ってくるのやめてもらえますか?」

 ソファに腰掛け、ティーカップ片手に雑誌を読んでいた深亜は、ため息をつくとティーカップをソーサーに置いた。
 呆れ顔でこちらへ振り向いた深亜に、意に介していない顔でにこりと笑いかけ、千歳は勝手知ったるというふうに部屋へと入った。もはや無駄だと思っているらしく、深亜は無言でソファに座る千歳を見送った。
 すでに定位置となっているそこに落ち着いた千歳は、早速と訊ねる。

「バトルん方はどげんだったと?」
「残念ながら――手塚くんが食い止めてくれたようで、わたしは彼の顔も見てませんよ」
「彼、ってこつは男ね?」
「まだ十代の少年だったそうです――なにか飲みますか?」
「へぇ、十代……ああ、飲みもんはよかよ」

 いつの間にか、部屋の入り口には深亜の手持ちの、ユキメノコが佇んでいた。お茶の用意をしようとしてくれた彼女に向けて千歳が返すと、深亜に「おいで」と呼ばれたユキメノコは、ふわりと深亜の傍らへ舞い降りた。
 深亜の切り札ともいえる彼女は、あるじに似て物静かで、その動作は流れるように美しい。

「正直な話、久方ぶりの挑戦者が少年と聞いて、わたしも侮っていました」

 ふわふわと浮遊を続けるユキメノコに、深亜は戯れるよう手を伸ばした。その手を取るユキメノコが、どこか嬉しそうに見えるのは、千歳の思い違いではないだろう。
 一度千歳も触れたことがあるが、力のコントロールを覚えた彼女は、想像していたよりも冷たくはなかった。

「しばらく山を下りない間に、随分と後生が育っていたんですね」
「まあ、俺もリーグに挑戦したんは、十代ん頃だったけんね」
「……ええ、存じてますよ。当時最年少ジムリーダーと持て囃され、驕っていたわたしを負かしてくれたのは、貴方が初めてでしたから」
「まぁだ怒っとっと?」

 そんな彼女をこれ以上刺激しないよう、千歳は控えめに笑った。

「年下でも年上でも――まして同い年の男の子にだって、負けたことがなかったんですから。……挙句、今に至るまで一度も勝てた例(ためし)がなかったら、忘れろという方が無理な話でしょう?」
「俺、たいが熱烈に思われとっと」
「その頭、冷やして差し上げましょうか?」

 ユキメノコ、と深亜が合図を送ろうとする。
 千歳は大人しく両腕を上げた。

「ばってん、すまんね。深亜が俺ば忘れる日はまず来んよ」
「……どういう意味ですか?」

 千歳は笑いながら、訝しむ目つきでこちらを見据える深亜の瞳を、覗き込むように見つめ返す。

「深亜は、俺には勝てんけん」

 大きく見開いた深亜の瞳に、嫌みなほどの笑みをたたえた自身の顔が映る。

「……わたし、貴方のそういうところが嫌い」

 彼女が敬語を納め、口調が砕けた時は冷静さを欠いている時だと、千歳は知っている。
 不機嫌もあらわに、ふいっと顔を背ける深亜。千歳はくつくつと喉を震わせた。

「ひどかね。俺はこぎゃん深亜んこつば好いとるんに」
「どの口がそんなこと言うのか」
「だけん、バトルん時も全力で相手しとったい」
「自分の欲を満たすためにわたしを利用してるだけでしょう」
「ははっ、冷たかね深亜は」

 最後まで笑みを崩さないまま、千歳は「さてと」と唐突に腰を上げた。

「手塚らにも挨拶して、そん挑戦者んこつ聞かしてもらおうかいね」
「お役に立てず申し訳ありません」

 早々に冷静さを取り戻した深亜の皮肉に、千歳は軽く苦笑した。
 部屋の入り口をくぐると、立ち上がった深亜もついてくる。なにがあろうと、見送りに立つ律義さが可愛いところだ――と思ったことを口にしても、返されるのは冷たい反応だとわかっている千歳は、唇をゆるませるに留めた。

「よかよ、深亜には後で俺ん相手してもらうけん」
「……四天王は、リーグチャンピオンの暇潰しの道具ではありませんが」

 結果的に、不要に呼び戻されたのだから。
 彼女にはとことんまでつき合ってもらわなければ、割に合わないというものだ。



リーグ体系は勝ち抜き制のカントー他からではなくイッシュより。
ジムリーダーから四天王に繰り上げは、本家の例をもとに。
ちなみに、千歳も元四天王。現彼女のスペースは元千歳のスペース。

早く黒白2やりたい。


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