(パロ風味)



 それは、いつもと変わらない学校からの帰り道――のはずだった。

「……え?」

 街を歩く人たちが足を止め、みんながみんな、そびえ立つ高層ビルの電光掲示板を見上げている。
 人々の関心を集めているそこに流れていたのは、どこどこの企業の株価暴落のニュースでも、どこかの誰かが起こした事件のニュースでもなかった。

「世界が、滅びる……?」

 人混みからそんな声が聞こえた。
 冗談のようなそのニュースを、けれど誰ひとり冗談だと笑うことは出来ず、その場から動き出す人はいない。時間が止まったように、すべての音が消えた。

「あ、あ、ぁあ――!!」

 近くにいた背広姿の男の人が、叫び声を上げる。
 その声を皮切りに、止まっていた時間が一斉に動き出した。
 泣き崩れる老婦人。喚きながら走り出す学生たち。怯えた顔でどこかへ電話をする女性。
 そんな中でわたしはひとり、立ち尽くすしかなかった。まだ上手く、現実が呑み込めていない。

(滅びるって……この世界が? わたしたちが生活してる、この世界?)

 必死に考えようとするのを阻むように、ポケットで震え出した携帯にびくりと身体がはねた。
 家族からの電話か――そう思いながら取り出した携帯に表示されていたのは、非通知の文字だった。
 この混乱の中で誰かからの間違い電話を拾ったのだろうと、いつもなら無視してしまうその電話を、特に意識もせず受けていた。

『真実ば、知りたかね?』

 こちらがなにか言う前に、耳に当てた携帯から聞こえたのは、聞き覚えのない男の人の声だった。

「……誰?」

 間違い電話にしては、様子がおかしい。『真実ば、知りたかね?』電話の声は同じ台詞を繰り返す。

「あなた……誰なの?」
『真実ば知りたかったら、街外れの森までおいで――深亜』
「!?」

 はっきりと、電話の相手はわたしの名前を呼んだ。
 切れた携帯を呆然と見つめるわたしの耳の中で、男の人の声がこだまする。

『真実ば、知りたかね?』

 ぐっ、と携帯を握り締める。
 どこかの訛りを含んだ声だったが、意味は通じた。
 電話をしてきたのは誰?
 真実ってなに?
 どうしてわたしに電話してきたの?
 わからないことだらけなのに、わたしの足は、すでに決まっていたように踵を返し、走り出していた。
 街外れの森は、学校を通り過ぎてさらに行ったところにある。しかし、もうずっと昔――わたしが幼い頃から立ち入り禁止となっていて、家族や学校からもあまり近寄らないようにと言い聞かされてきたので、一度も足を踏み入れたことなどなかった。
 学校まで戻る間の道にも、さっき街中で見たのと同じ、嘆き悲しむ人たちがあふれ返っていて、その人たちから無理矢理目を背け、ただひたすら森を目指した。
 人の気配のない学校を横目に走り去り、静かすぎる住宅地を抜けると、その森は目の前に現れた。まだ陽は充分高いはずなのに、鬱蒼と生い茂った枝葉の所為で数メートル先さえ見えない森は、非現実的な出来事に遭遇したばかりのわたしを、さらに非現実な場所へいざなう入り口に見えた。
 森へおいでと、あの声は言ったが、果たして、ここになにが――どんな真実があるというのか。
 手に握り締めたままの携帯が、また震え出す――非通知着信。

「――もしもし」
『そんまま、真っ直ぐ歩いて来なっせ』
「…………」

 わたしが森の前に着いたことをわかっている。
 どうやら、相手にはわたしの行動が見えているらしい。つい辺りを見回したが、こんな時にこんな場所にいる人間は、わたしひとりだけだった。
 一本の木の幹に手を当て、暗がりになっている奥の方に目を凝らす。そういえば、小学生の頃だったか、クラスの男の子数人がこの森に肝試しに行こうと、そんな話をしていた覚えがある。本当に彼らが実行したのかは知らないが、確かに肝試しにはうってつけの場所だろうと、今にして思う。

『……怖かね?』

 その場から動かないわたしに、電話の向こうからそんな声が掛かる。それが馬鹿にした響きだったら、反論のしようもあったかもしれない。けれどその声音は、あくまで穏やかな調子を保っていて、、わたしは戸惑うばかりだった。

『大丈夫ばい、俺がちゃんと導いたるけん――おいで、深亜』
「……あなた、本当に誰なの?」
『森ん奥に来れば、全部わかるたい』

 おいで、と誘う声に促され、わたしはすべてを振り切り、一歩を踏み出した。
 もうすぐ夏も真っ盛りだというのに、森の中は陽が射さない分ひんやりとしていた。奥へ奥へと入り込むほどに、湿った匂いに満ちていく。
 しばらく歩いて、来た道を振り返るたびに『大丈夫ばい』と声が囁く。だんだんと、見えていた光が小さくなってきた。

『――ストップ』
「え……?」

 どれくらい進んだか――すっかり光も見えなくなり、薄闇に呑まれそうになった頃――男の人の声が、唐突に制止を掛ける。
 言われるままに足を止め、辺りを窺う。
 ……今まで過ぎてきた風景と、なんら変わりのない森の様子が、広がっている。

『そっから、ゆっくり歩いて』
「ゆっくり……」

 声に従い、一歩、一歩と慎重に進むと、なんの変哲もないと思っていたその先に、ようやく気づいた。
 手を伸ばすと、冷たい硬さが行く手を阻む。

「なに……これ」

 延々と続く森の風景は、ただ壁に写された紛い物だったのだと、わたしは知った。
 不意に、手を突いていた壁が真っ白に塗り潰された。驚いて手を離す。『間に合ったばい……』耳もとの呟きに聞き返すより早く、目の前から、そこだけ切り取られたように壁が消えた。
 開いた壁の向こうには、白衣を着た、背の高い男の人が立っていた。

「はじめまして――深亜」

 まだ繋がったままの携帯からも、同じ声が耳に届く。
 優しげな笑みを浮かべるその男の人に、やはり見覚えはない。

「あなた、誰……? これは……真実って、なに?」
「……もうすぐ、そっちん世界は消去されったい」
「消、去……?」

 男の人は笑ったままだったけど、悲しそうな目でわたしを見つめる。

「深亜のいた世界は、実験のために作られた仮初めん世界ばい」
「な、にを言って……」

 仮初め? わたしが生まれ、今まで生きてきた世界が仮初めの物?
 あの空も、海も、太陽や月や雲や風さえも、人の手によって作られた物だと言うの?

「そばってん、そん実験も終わった――サンプルは、もう必要なかけん」
「待っ、て……だって、この世界にはまだ父も母も――」
「連れてくんは深亜だけたい……諦めなっせ」
「――――」

 駆け出そうとしたわたしの腕を、男の人が強く掴む。振り向いて睨みつけた男の人の顔からは、笑みが消えていた。

「は、なしてっ」
「もう遅かよ」
「な、っ!?」

 左手でわたしの腕を掴み、さらに伸びてきた右手が二の腕に触れた途端、ちくりと刺すような痛みが起こった――と感じたのは一瞬のことだった。
 膝が折れ、頽れそうになった身体は、男の人に抱き止められる。けれど、その感触も、わからないほど……身体は、重くなり……意識まで……、

「こん世界のこつは、忘れてもらわな困るけん」
「ぁ……」
「……すまんね。こぎゃんこつ許されるこつじゃなかばってん……深亜ば、手ん入れたかったと」


 + + +


 目が覚めると、真っ白な色が視界に広がっていた。幾度かまたたきをすると、いやに頭が重たいように感じられた。
 どこかの部屋の天井を見上げる形で、横になっているらしい現状に、目だけを動かして辺りを窺う。
 ここは……どこ?

「ようやっと目ぇ覚ましてくれた……」

 傍らから声が聞こえ、そちらの方へ首を傾けると、安堵に表情をゆるませている彼の姿があった。
 あ――

「せん、り……?」

 呼び掛けると、なぜか彼は泣きそうに目許を歪ませた。

「深亜、どっか痛かとこなかね?」
「痛い、とこ?」

 ……わからない。頭だけでなく、身体の方もまるで疲弊しきったみたいに重たく、鈍ってしまった感覚では、痛みすら知覚できない。
 そもそも、わたしはどうしてこの見知らぬ部屋で眠っていたのだろう。

「わからない……」

 なにもかも、わからない。

「深亜……心配いらんばい」

 彼の手のひらに覆われ、世界が真っ暗になる。
 光の見えない世界で、わかっているのは深亜という自分の名前と――

「無理に考えんでよかよ……俺がずっと、深亜ん傍におるけん」

 千里という、彼の名前だけ。



原曲からずれまくった。


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