年末クリーニング大作戦と題して、朝から部員らが奮闘しているテニス部部室内は、普段以上の騒がしさに包まれていた。

「おーい、可燃袋なくなったでー」
「これいるんかぁ?」
「誰やカビたパン放置した奴!」

 怒声やらが飛び交う廊下を、千歳は大変だなぁと暢気に思いながら渡り、物置きとなっている部屋に向かっていた。
 もともと割り振られた場所はあらかた片づいたため人手が余ってしまい、半ば追いやられる形で担当部屋を離れた千歳は、それならばマネージャーである彼女に手を貸そうと深亜の姿を探した。彼女の担当部屋を覗くと、こちらも人手が余り、深亜はまだ手つかずの物置きの方へ行ったと教えられた。
 物置き部屋はそれほど広くはないが、その名の通りテニス部に関するあらゆる物が置かれて――というより詰め込まれており、整理整頓するだけでも骨が折れそうな様子だった。くいだおれ人形(フルスケール)がテニス部になぜ必要なのか、物置きに鎮座するそれに千歳は思ったりしたが……。
 とにかく、ひとりよりはふたりの方が捗るだろう。
 ちょうどよかったと、手を掛けた戸の内側から悲鳴に似たかすかな声が聞こえ、千歳は考えるより先に勢いよく戸を開けていた。

「深亜っ!?」

 容易に見渡せる室内には、深亜だけがいた。入り口に近い棚に背をつけ、胸もとで両手を握り締めていた深亜は振り返ると、途端泣きそうに顔を歪め千歳の胸に飛び込んできた。

「ど、どげんしたと?」

 困惑しながらも、千歳は震える肩を抱き、室内と深亜とを交互に見やる。
 千歳の彼女を呼んだ鋭い声に、いつの間にか周りに手を止めた部員たちが集まり出していた。
「千歳?」と人垣から謙也が声を掛ける。

「なんや、安藤さんどないしたん?」
「いや、俺もなんがあったか……深亜?」

 ふたたび尋ねるように彼女の名を呼ぶと、深亜は顔を向けないまま、背後を――物置き部屋の奥を、恐々指さした。
 千歳は顔を上げ、深亜の指の先を凝視する。謙也もつられて室内を覗き込む。

「奥になんが――」

 かさ、かさかさ……。
 そんな小さな音が、耳にはっきり届いた。

「――総員退避!!」

 謙也が張り上げた声を合図に、物置き部屋を囲んでいた部員たちは統率のとれた見事な逃走劇を披露した。
 やけに冷静な手つきできっちり隙間なく戸を閉めると、千歳も深亜の手を引いて謙也たちの後を追い掛けた。


 + + +


 真っ先に掃除を終えた、ミーティングなどを行う広めの部屋は休憩室として使われており、千歳は空いていた席に深亜を座らせた。物置きであった軽い騒動はすでに部内に広まっているようで、休憩していた小春が用意した緑茶を深亜に差し出す。

「はい、安藤さん。あったかいもん飲んだら落ち着くわよ」
「ありがとうございます……」

 深亜は軽く頭を下げ、緑茶の入ったカップを両手で包む。
 同じく休憩中の白石が、聞いた話に苦い顔をしていた。

「冬やと思て油断しとったけど、やっぱおったんか……」
「物置きなんて、年末くらいしか掃除せえへんもんねぇ」
「で? 後はどないしたん?」
「健二郎が始末しに行ったばい」
「頼もしいやっちゃなぁ……」

 しみじみと呟き、白石は緑茶の入ったカップを傾ける。

「まぁ、安藤さんは無理せんでええから――他ん部屋にもおらんとは限らんし」

 最後につけ足された、白石のひとり言のような言葉にびくりと肩をはねさせ、深亜は辛うじて「は、はい」と返事をした。

「白石、あんま深亜ば脅かさんでよ」
「用心するに越したことはないって話や」
「おーい、終わったでー」

 くだんの小石川が、戸を開けて顔を出す。
 その手でカチカチとさせている、おそらく始末したモノを挟んだであろうピンセットについ身体を強張らせた深亜の肩を、千歳は苦笑混じりの顔で抱き寄せた。



大嫌いなアイツ=G


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