さっき見た時よりも半周以上は長針が回っている時計に、深亜はもう一度携帯を開き、リダイヤルから呼び出した名前を押した。バイト中は電源を切っていると言っていた。しかし、とっくに勤務を終えている時刻にもかかわらず、携帯からは相変わらず繋がらない旨を報せるアナウンスが流れている。
深亜はため息をつき、携帯を閉じた。
今までにも何度かこういうことはあったが、今日はいつにも増して時間が経ちすぎている。基本的にバイトの後は大きな寄り道もなく、真っ直ぐ帰ってくることが多く、いつもだいたい決まった時間に帰ってくることがほとんどだった。
(なにか、あった……?)
杞憂だろうとは深亜自身も思ったが、脳裏をよぎるのは嫌な想像ばかりで、深亜は知らず手の中の携帯を握り締めていた。
大丈夫、そんなわけないと自分に言い聞かせる。
気を落ちつけようとし、お茶でも淹れようかと深亜が立ち上がったと同時に、玄関から鍵を開ける音が室内に届いた。開いていくドアを、深亜はつい凝視する。
「ただいまー……」
疲れ切った声で帰宅を告げるのは、紛れもなく待ち人本人だ。
深亜はほっと息をつき、玄関に迎え出た。
「お帰りなさい。遅かったね」
「帰ろうとしたら店長に捕まったばい……愚痴ん相手ならほか当たってほしかー」
「……ご苦労様」
影の差している千歳の顔を見上げ、深亜は苦笑を浮かべる。泣きつくように千歳は深亜の身体を抱き寄せ、こめかみの辺りに頬をくっつける。「深亜〜」と情けない声を上げる千歳の頭を、あやす手つきで深亜は撫でた。
「はあ……落ち着いたら腹の減ってきた」
「え? ご飯食べてないの?」
「今日はちぃと時間取れんかったけん」
「……軽い物しか用意できないけど」
「よかよー」
「そう…………千里」
「んー?」
「動けない」
なぜか放そうとする素振りを見せない千歳の腕を、深亜はぽんぽんとたたく。ご飯を作ってほしいのではないのか? その深亜の疑問を否定するよう、千歳の腕にはさらに力がこもる。
「ちょっ、と……千里?」
「も少し……こんままでおって」
「…………」
大丈夫なように振る舞っていても、思った以上に心身とも疲労が溜まっているらしい。
深亜は腕を千歳の首に回し、千歳をぎゅっと抱き締めた。
「お疲れ様です」
「……ありがと」
ふっ、と千歳が笑った気配が、深亜の耳をかすめた。
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