「それでは、レディーファーストで――どうぞ、前へ」

 全員の目が、この室内でただひとり、女子である深亜に向けられる。
 深亜は深く息を吸い、屹然と立ち上がった。
 真っ直ぐ前へ歩み出、柔和な笑みを浮かべる『担当教官』という男と対峙する。
 差し出される黒い鞄。
 しかし深亜はそれを一瞥し、ふたたび男を見据える。

「これを――受け取らなければ、どうなりますか?」
「おや、面白いことを言いますね」
「なに言ってんの安藤さんっ」
「芥川、静かに」
「だって滝っ、安藤さんが……」

 言葉を詰まらせる芥川の声を背中で聞き、深亜は目顔で男に返答を求める。

「受け取らなければ――失格と見なし、今この場で処分するだけですよ」
「……そう、ですか」

 静かに、深亜は目を伏せた。
 ぐっ、と拳に力が入る。

「なら、わたしは」
「やめろ」

 鋭い声に深亜の肩が跳ねる。

「安藤、とっととそいつを受け取れ」
「…………」
「……これは命令だ。安藤、その鞄を受け取れ」
「っ、跡部会長……」

 逡巡は短かった。
 深亜は震える手で鞄を受け取り、振り返ることなく出入り口へ向かう。
 ドアに手をかけたところで、「安藤」と先と同じ声が深亜を呼び止める。

「勝手に死ぬんじゃねえぞ」
「…………」
「死にたかったら――俺様が直々に、殺してやる」
「……はい」

 深亜はゆっくりと踵を返し、泣きそうな顔で微笑んだ。

「了解しました」

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