寮の自室から窓の外を見ていた千歳は、表の通りに人が歩いていることに気づいた。こんな天気にと思いかけ、見覚えのある白のコートにはたと視線が固まる。
「まさか……」
あまりにも酷似した背格好が追い打ちをかけ、千歳は小さく舌打ちをすると即座に身を翻し、壁に掛けた自身の上着を掴んだ。
寮の玄関を走り抜け通りに飛び出すと、この雪の中を傘も差さずゆっくりと歩いている背中をすぐに見つけた。
「深亜っ!」
びくりと細い肩がはねる。
大股でその背に追いつき、振り返ろうとした彼女の両腕を捕らえる。
「千里?」と不思議そうに首を傾げる姿が更に千歳を苛つかせた。
力加減など忘れ、掴んだ冷たい手を引いて歩き出す。「痛っ……千里、待って」後ろから小さな悲鳴が上がるが、今の千歳に聞いている余裕はなかった。
「こぎゃん日になん考えとっと」
「……せっかくの雪なんだから、少しくらい」
「こっだけ冷たくなっとってなんが少しね」
「っ、え? ちょっと待って千里っ」
抵抗のように後ろに腕を引かれるが千歳は意に介さず、そのまま彼女を伴って男子寮に戻っていく。
あと一時間ほどで消灯時刻となる寮内の廊下を歩いている人間はいない。寒さも相俟って、みな自室にこもっているらしい。
千歳は極力音を抑えながら、足早に廊下を進んでいく。潜められた荒い呼吸音が靴音に重なる。
辿り着いた自室のドアを開けようとすると、繋がれた手に力が入った。千歳は気づかない振りをしてノブを捻る。手狭な土間で靴を脱ぎ散らかし、慌てた様子で靴を脱いだ彼女を部屋の中まで引き入れる。タンスから出したタオルを手に振り返ると、乱れた呼吸に胸を押さえている彼女が睨んでいた。しかし千歳としてもここは譲るわけにはいかず、無言で彼女の頭にタオルを被せた。
指先に触れた真っ白な頬は、想像以上に温度を失っていた。
「自分で拭ける」
「こんまま風呂に放り込まれんだけマシだと思いなっせ」
「……余計に風邪ひくと思うんだけど」
黒髪についた滴を丁寧に拭っていく。額にかかるひと筋を指で払い、伏せられた睫毛の上で光る滴にタオルを当てる。
まだ熱の戻らない頬を両手で包み、目蓋を上げた彼女の瞳を覗き込んだ。
「もうちぃと身体ば大事にしなっせ」
「…………」
黙りこくった彼女の、寄せられた眉根に千歳は小さく息をつき「乾かすけん脱いで」と指の腹で彼女のコートのボタンを撫でる。彼女はなにか言いたげに口を開いたが、諦めるようにため息を落としボタンを外しだした。
しっとりと濡れたコートを受け取り、自身の上着と一緒に壁へかける。
ニット地のワンピース姿となった彼女は、心許なさそうに肘の辺りを掴み立ち尽くしている。
そんな彼女に、潜んでいた感情が首を擡げ始めたのを千歳は自覚した。
「そん穿いとるん――それも濡れとっだろ?」
黒色を濃くした彼女のタイツを千歳は指し示す。はっきりと口にはしないが、それは脱げと言ってるも同じだ。
当然、千歳の言葉を正しく受け取った彼女は「えっ?」と丸くした目を千歳へ向ける。
「別に、タイツまでは……」
「ちゃんと乾かさんといかんばい」
「あっ」
言うが早いか、千歳は彼女の腰に腕を回して強く抱き寄せた。容易く手折れそうな背にも腕を回し、華奢な身体を捕らえる。
「せ、んり……っ」
「それとも」
「やっ、ぁ……」
彼女の脚の間に膝を割り入れ、腿の内側を擦り上げれば彼女はびくりと身を震わせ、やわらかなそこが膝を挟み込む。強張る太腿に触れ、付け根に向けて千歳は手指を這わせていく。
胸もとに顔をうずめている彼女の耳殻を舐め上げ、唇が触れる距離で囁きを落とした。
「脱がしてほしかとや?」
(寄せられた眉根のわけ)
もうちょっと身体を大事にしろ?
どの口がそんなことを言うのだろう。この身体を酷使するのは誰だと思っているのか。
大事にしろと言う当の本人が、大事にするどころか全く逆の行為を強いているというのに、それで大事にしろだと言われても素直に頷けるわけがない。
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