間に合わなかったか、と深亜は息をつき、緩慢な動作で下駄箱から靴を取り出した。
しかし靴を履き替えたところで、傘を持っていない深亜は帰ろうにも帰れない状態だ。
「深亜?」
雨音に閉じ込められた空間に、その声はいやに響いた。
振り返った深亜は、不思議そうな顔でこちらへ向かってくる相手の名前を呟いた。
「千里」
「どげんしたと? 傘持っとらんとや?」
「……置き傘、この前使っちゃったの忘れてた」
「あーあ」
苦笑気味な表情をちらりと見上げ、深亜は千歳の手もとへ目線を下ろした。
「千里は――持ってるわけないよね」
「濡れても風呂入ればよかたい」
「制服乾かすの大変じゃない」
深亜は鷹揚と笑う千歳から、いまだ止む気配のない雨空へと意識を移す。
「とは言っても、濡れて帰る以外の選択肢はないけど」
「――深亜」
「え?」
深亜の目の前で、千歳は唐突に学ランを脱いだ。
いきなりのことに呆然としていれば、それを頭から被せられる。
「なんもないよりマシたい」
「千里?」
「ん、鞄貸しなっせ」
訳もわからないまま千歳に鞄を取られ、空いた手に大きな手が絡む。
にっ、と悪戯を企むような顔で千歳が笑った。
「走れっ」
「っ、あ――」
咄嗟に学ランを片手で抑え、深亜は繋がれた千歳の手を握った。
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