窓から見た空に広がる真っ黒な雲に、急ぎ足で階段を下りたが一足遅く、ガラス戸の向こうは土砂降りの天気に変わってしまっていた。
 間に合わなかったか、と深亜は息をつき、緩慢な動作で下駄箱から靴を取り出した。
 しかし靴を履き替えたところで、傘を持っていない深亜は帰ろうにも帰れない状態だ。

「深亜?」

 雨音に閉じ込められた空間に、その声はいやに響いた。
 振り返った深亜は、不思議そうな顔でこちらへ向かってくる相手の名前を呟いた。

「千里」
「どげんしたと? 傘持っとらんとや?」
「……置き傘、この前使っちゃったの忘れてた」
「あーあ」

 苦笑気味な表情をちらりと見上げ、深亜は千歳の手もとへ目線を下ろした。

「千里は――持ってるわけないよね」
「濡れても風呂入ればよかたい」
「制服乾かすの大変じゃない」

 深亜は鷹揚と笑う千歳から、いまだ止む気配のない雨空へと意識を移す。

「とは言っても、濡れて帰る以外の選択肢はないけど」
「――深亜」
「え?」

 深亜の目の前で、千歳は唐突に学ランを脱いだ。
 いきなりのことに呆然としていれば、それを頭から被せられる。

「なんもないよりマシたい」
「千里?」
「ん、鞄貸しなっせ」

 訳もわからないまま千歳に鞄を取られ、空いた手に大きな手が絡む。
 にっ、と悪戯を企むような顔で千歳が笑った。

「走れっ」
「っ、あ――」

 咄嗟に学ランを片手で抑え、深亜は繋がれた千歳の手を握った。

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