「釣りなんて熊本にいた頃以来だからなぁ……」
それぞれが作業などに向かっていく中、現在のミツグに割り振られたのは小川での食料調達の任だった。
それなりにしっかりした作りの釣竿をしならせたりと、具合を確かめているミツグの先の呟きに、隣で釣り具の準備をしていた千歳が「ん?」と顔をあげる。
「しかもほとんどがザリガニ釣りなんだけど、そのスキルって使えると思う?」
「はははっ! ミツグはいっちゃん上手かったけんね。ばってん、ザリガニも食えるらしかよ」
「いやいや、この釣竿じゃかえって釣りにくいから」
冗談ばい、と鷹揚に笑う千歳に、ミツグも笑いを誘われる。
「あ、千歳さん、安藤さん。釣りに行くんですか?」
「ああ、小日向さん。小日向さんもよかったら行く?」
そこへ丁度やってきたつぐみに、ミツグは釣竿を示すように差し出した。
つぐみは驚いた顔で慌てて首を振る。
「え、でも……わたし、やったことないですし」
「俺も経験なんてないに等しいから、大丈夫だよ。それに、ビギナーズラックってことも有り得るかもしれないしな」
「それは……さすがに無理だと思いますけど……」
「まっ、何事も経験いうけん。やってみたらよかよ」
「……じゃあ、ご一緒させていただきます」
少しだけ、緊張した面持ちで頭を下げるつぐみに、ミツグと千歳はちらりと視線を合わせ、微笑ましげにこっそりと笑いあった。
+ + +
「わぁ……すごく綺麗な小川ですね」
「結構魚の多かたい」
「でも大きいのは見えないな」
「量で稼ぐしかなかね」
「そうだな」
ミツグは手頃な岩に腰掛け、早速と準備を始めようとしたところで「あ」と、つぐみの方を見やった。
「そういえば小日向さん、餌って自分でつけられる?」
「あ……あの、やっぱり餌って……」
「ん〜、たぶん、小日向さんの予想通りだよ」
「……す、すみません」
餌となる物がなんなのか、初めての釣りに気を取られ過ぎて、ここに来るまですっかり忘れていたようだ。それはミツグと千歳も同じことが言えるのだが。
「やっぱり女の子だね」
釣りに誘ったのは悪かったかなと苦笑しつつ、ミツグはつぐみから釣竿を受け取り、釣針に小さめの餌を引っ掛ける。
虫に触ることなど、大抵の女の子が躊躇うだろう。
だけど――と。
不意に思い出された記憶に、ついミツグは吹き出してしまった。
「え? どうしました?」
「あー、ごめん。ちょっと、知り合いの女の子を思い出して」
「やらしかよミツグ」
「女の子の前でそういうこと言わない――ただ、ミユキちゃんのこと思い出しただけだよ」
「ミユキんこつ?」
「昔、俺たちが釣ってるの見て、ミユキちゃんもやりたいって言い出したことあったろ?」
「あー、そぎゃんこつもあったね」
「男子でも怯む奴がいたのに、ミユキちゃんは平気な顔で虫を掴んでてさ。この子は頼もしいなぁって思わされたよ」
「まだちっさかったけん、怖いもん知らずんとこがこっちにゃ怖かったばい……」
ははっ、とミツグは笑う。
「あの……ミユキちゃん、ていうのは……?」
「あっ、ごめんごめん。面白くなかったよね」
「あ、いえ、そんなことは……」
「ミユキは俺ん妹たい」
「へぇ、そうなんですか……あっ! 千歳さんの妹さんって、手塚さんのことを、なんか……変わった呼び方をしてるって子ですよね?」
思わずミツグと千歳は吹き出した。
完全に不意打ちだ。
「ちょっ、それ、誰ん聞いたと……っ?」
「え? 手塚さん本人からです」
「そりゃあ『ドロボウ』呼ばわりされたら誰かに愚痴りたくもなるよな。……くっ」
同情を示す台詞だったが、最後に吹き出していてはすべてが台無しだ。
「ちぃとだけ、手塚に優しくしたろうと思ったばい」
「逆に嫌がられそうだけどな」
「あっ、千歳さん! 引いてますよっ!」
誤字脱字、不具合等お気軽にお報せください