「しっかし広か庭たい」

 初めて訪れた本家は想像以上に広く、通された客間から庭を臨みながら、千歳はしみじみと呟いた。「じっとしとけ」と背後から、共にやってきた橘が落ち着きのないその様子を諫める。
 千歳は「んー」と生返事で橘の言葉を流し、鴨居に手を掛け廊下を見回す。
 ここに通されてしばらく経つが、いまだ人がやってくる気配はない。

「ご当主さんはまだかいねぇ」
「昼寝ん時間とじゃなかつ?」
「ははっ。今いくつね? 六つ?」
「俺が知っか」

 興味のなさそうに湯呑みに口をつける橘に笑い、ふたたび庭へ目をやった直後、離れた場所から「深亜様っ」と女性の叫ぶような声が届いた。
 千歳は橘と目を合わせ、廊下へと踏み出す。先の声を目指す自身の後ろから、橘の足音も追ってくる。

「――深亜様、早くお降りください。皆さんお待ちになっておいでですよ」

 声の主らしき女性は、庭に根ざす一本の大木に向かい声を掛けていた。
 見上げる女性の視線を追った千歳は、枝に腰掛ける一人の少女の存在に気づく。

「深亜様」

 深亜――聞いた覚えのあるその名前は、確かにこの本家の、現当主の名前だ。

「……いや」
「我がままはお止めください」
「みんなに、会いたくない」
「…………」
「おい、千歳?」

 呼び掛ける橘の声にも構わず、千歳は裸足のまま庭へ降り、真っ直ぐと少女のいる大木へ歩み寄る。

「なんし、『会いたくない』?」

 突然の第三者の声に驚いたらしい少女の顔が、千歳を見留めた途端、更に驚いた表情となる。
 やはり、この幼い当主にも、千歳のもうひとつの姿が視えているようだ。

「あ、なた……」
「はじめまして、ご当主サマ?」

 にこりと、千歳は微笑う。
 しかし少女は眉根を寄せ、千歳を見つめるばかりだ。

「あなたも、わたしが……嫌い?」
「へ?」
「わたしのせいで、そんな姿になって……みんな、わたしのこと嫌いでしょ?」
「深亜様っ、そのようなことは」

 片手をあげて女性の言葉を制し、千歳は空いた距離を詰め、真下から少女を見上げる。

「会ったばっかで、嫌いにはなれんばい」
「…………」
「そんで、まずはお話せんと、好きにもなれんけん――」

 おいで、と千歳は少女へ向けて両腕を伸ばす。

「……わたしのこと、嫌いじゃない?」
「嫌いじゃなかよ。あー……嫌いじゃ、ない、です」

 通じやすいように言い直せば、きょとんと首を傾げていた少女は、初めて笑みを見せた。



突発パロ。
好物馬刺しな千歳はあえての午。好物抜かせばベジタリアン。


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