小さな寝息を聞きながら、深亜はカーテンをそっと開け、テラスへと続くガラス戸を引いた。なまぬるい風が肌を撫でるが、日中に比べれば格段と過ごしやすい。
 裸足のまま踏み出し、腰の高さにある柵へ腕を乗せる。さわさわと揺れる枝葉の音に混じり、かすかに聞こえるのは波の音だ。
 ふぅ、と軽く息をつく。
 人の気配にそれほど過敏に反応する方ではないが、人の寝息を一度意識してしまうと、寝つくことはなかなかに難しい。

(明日も朝早いのに……)

 ため息をもらし、目を伏せた深亜の耳に、ざっ、と砂を踏む音が届いた。深亜ははっと目を開ける。

「寝れんと?」
「……なにしてるの」

 こちらへ向かってくる千歳の姿に、深亜はふたたびため息をついた。
 深亜が呆れている間も、千歳はゆるりとした笑みを崩さず深亜との距離を詰めていく。見上げる深亜の横に立ち、風に揺れる髪に指を絡める。

「散歩しとったら、深亜ん姿の見えたけん」
「夜に女子の方へ近寄るのは、禁止されてたはずだけど?」
「なら、海さん一緒ん散歩行かん?」
「あの子たちがもし起きた時、心配させるから行かない」

 千歳は眉を垂れ下げて微笑い「どんな様子ね?」と深亜の背後へ目を向ける。

「さっき、ようやく落ち着いたところ」

 明日は休んでてもいいんだけど……と深亜は本音をもらす。彼女たちの性格上、自分たちだけ休んでいるのは気が引けると遠慮することは目に見えているが……。しかし、動いていた方が逆にいいのかもしれない、とも考えられる。

「深亜がおるけん、あの子らも多少は安心しとっと」
「……だといいけど」

 なにかの役に立っているといった実感は深亜にはまったくない。

「深亜」

 なに、と振り仰ぐと同時に頬に熱い手が触れる。え? と深亜が考える間もなく、唇同士が重なった。

「――俺も、深亜がおって安心しとるばい」

 あまりにもあっさりとした行為に、怒るよりも先に諦める。
 これ見よがしにため息をつき、深亜は「ああ、そう」と呟いた。

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