玄関の扉を閉め、深亜は濡れた足もとをタオルで拭う。傘を差していてもさすがに足もとまではかばいきれなかった。
「……千里?」
顔を上げた深亜は首を傾げる。
玄関にはびしょ濡れになった靴が、それでもきちんと揃えてある。しかしいつもなら、おかえりと迎えてくれる声がない。
廊下を少し歩き、浴室から水音が聞こえてくることに深亜は気づいた。靴の具合から見て、濡れ鼠になった彼はシャワーを浴びているらしい。
自分も後で入ろうと思いながら、深亜がリビングへ向かおうとすれば、ばんっ、とやや乱暴に浴室のドアを開く音がした。
「こぉら、暴れんじゃなかっ」
次いで聞こえた、千歳の窘める声――を上回る猫(だと思われる)の叫び声に、深亜の足が止まる。
(……え?)
「あっ、ちぃと待ちなっせ!」
「ちょっと千里――っ!?」
浴室へ続くドアを開けた深亜は、いきなり飛びついてきたなにか――猫しかいないが――に言葉を詰まらせた。
「おお深亜、ナイスタイミング」
「……どうしたのこの子」
タオル一丁で暢気にそう言う千歳に呆れつつ、深亜は胸もとにしがみつく、濡れたままの猫へ目線を落とす。
大人の猫ではないが、仔猫と呼ぶにはいくらか成長している。生後数ヶ月といったところだろうか。
「公園の隅で、ずぶ濡れんなってみぃみぃ鳴いとったけん」
シャツに爪を立て、深亜の胸もとから離れようとしない猫に千歳は笑い、タオルでその身を包んでやる。
「まったく……」と深亜は息をつき、千歳から受け取ったタオルをわしゃわしゃと動かす。
「台所んある袋ん中にこいつの餌が入っとるけん、腹の減っとるごたならやったって」
「すっかりうちの子にする気満々だね」
「いかん?」
「今さら。一匹二匹増えたところで、大して変わらない」
深亜のその言葉に苦笑する一匹に背を向け、もう一匹をしっかりとその腕に抱きながら、深亜はドアを閉めた。
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