久し振りに会うイトコとの再会場所は、彼女の両親――千歳にとっての叔父夫婦――の葬儀の場だった。
 事故だったと聞く。
 突然の訃報に、ただ呆然とするしかなかった。
 けれど不幸中の幸いだったのは、彼女が事故に巻き込まれなかったことだろう。……それは千歳の主観でしかないけれど。
 関係者控え室の隅で、彼女は膝を抱えて小さく丸くなっていた。目はぼんやりとどこかを見つめている。
 彼女はまだ幼い。
 両親の死がわかっていないのだろうと囁く大人たちの声も、恐らく千歳にしか聞こえていない。
 靴を脱ぎ、控え室へ上がろうとすると、千歳より早く靴を脱ぎ散らかした妹のミユキが、彼女へ駆け寄っていくところだった。
 千歳も急いで脱いだ靴を揃え立ち上がる。

「深亜おねーちゃん、どっか痛かと?」
「……ミユキちゃん」

 緩慢な動作でミユキの方へ顔を向けた深亜は、同じような動きで首を横に振る。

「どこも、痛くないよ」
「じゃあ、お熱あっと?」
「ミユキ」

 妹の名を呼び、千歳はそれ以上の追及をやんわりと遮る。
 振り返るミユキと共に深亜も顔を上げ、黒目がちの瞳に千歳を映した。

「千里お兄ちゃん」
「深亜、気持ち悪かなら、あっちで横んなっとってよかよ?」

 深亜は無言で首を振って否定を示す。
 俯いてしまった深亜のつむじを見つめることしか出来ずにいると、消え入りそうなほど小さな声で「千里お兄ちゃん」と呼ばれる。

「ん? なんね?」
「…………」
「……深亜?」

「深亜おねーちゃん?」と幼いながらもなにかを感じ取ったミユキが、深亜へと身を寄せる。
 深亜はゆっくりと顔を上げる。
 その表情が泣きそうだということに、恐らく深亜は気づいていないだろう。

「お兄ちゃん……お父さんたち、どうしたの?」

 千歳は思わず息を呑んだ。
 しかし目を瞠る千歳を気にも留めず、深亜はなおも千歳へ言い募る。

「あのね、起きてって言っても、起きてくれないの……どうして、お父さんもお母さんもあの中にいるの? 閉じ込めたら、かわいそう……」
「深亜……」
「お父さんたち、どっか行っちゃうの? わたしを、置いてっちゃやだ……っ」

 声を詰まらせた深亜は、ぼろぼろと涙をあふれさせた。
 それは見る見るうちにミユキにまで感染り、深亜の腕を掴み声を上げて泣きはじめる。
 身を寄せ合い、涙を流す妹たちを、千歳は強く抱き締めた。
 置いていかれるのがいやだと、自分も連れていってほしいと、泣きながら訴える深亜がどこにも行ってしまわないよう、千歳はきつく、その身を腕に閉じ込めた。


 + + +


 じりりり……と枕もとでけたたましく鳴る目覚まし時計に、布団の中から千歳は腕を伸ばす。手探りであちこちを叩き、ようやく触れた目覚まし時計を、叩き壊す勢いで黙らせる。
 今さら罅の一つ二つ増えようと、もはや気にならないほどそいつには長年つき合ってきた証が刻み込まれている――妹が誕生日プレゼントとして新たな目覚まし時計を贈ろうとしたのも頷ける。
 布団の中で寝返りを打ち、千歳はなんとなく額を押さえた。
 夢見が悪かった――ような気がする。
 しかしどんな夢を見たのか、思い出せるものはなに一つなく、ただ不快感だけがいまだ千歳自身の中で蟠っている。
 ――もうひと眠りすればすっきりするだろうか。
 そう思い、目を閉じかけた千歳の耳に廊下を慌しく駆けてくる足音が届く。
 足音は収まるどころかいっそう大きくなり、次いでドアを――千歳の自室のドアを開け放つ音が響く。

「兄ちゃーん!」

 幼い妹の叫び声が寝起きの頭を殴る。
 そしてなぜか慌しい足音が再開され、はっとした千歳が起き上がろうとする前に、妹は行動を起こしていた。
「えいっ!」と可愛らしく飛び込んできたらしい妹の全体重が、千歳の腹を直撃する。

「ゔっ……」
「起きろー!」

 ――確実に、昨夜観たジブリ映画の影響だ。
 しっかりと耳もと近くで起床を促し、身体を揺らすところまで完璧に真似ている。
 しかし、いくら兄がジブリ好きだからといって、こんな再現は勘弁願う。

「ミーユーキー……」
「あ、兄ちゃん起きた。もうすぐご飯だけん、はよ来てってお母さん呼んどっと」
「……こん起こし方、もう止めなっせ」
「メイちゃんたい」

 悪戯っ子の顔で笑い、するりと兄の上から降りたミユキはドアへと駆けていく。
 その時ちょうど、ドアから小柄な影が顔を覗かせる。

「深亜お姉ちゃんっ」
「あ、ミユキちゃん。お兄ちゃん起きた?」

「うん!」と頷き、ミユキは深亜へと抱き着く。
 家族には思いきり甘えるのがこの末っ子の癖――といえるのかどうか――だが、歳が近いこともあるのか、歳の離れた実兄より、ミユキは深亜の方へべったりだった。
 深亜がこの家で暮らすようになって数年が経つ。
 それ以前も仲の良かった妹たちが引っつき合い笑う様は、身内の贔屓目を抜きにしても可愛いが、兄として疎外感を抱いているのも本音だ。
 千歳はベッドから立ち上がり、腕を伸ばしながらドアへと近づく。がたっ、と通りすぎる際に手が電灯を揺らすが、それももはや慣れつつある。
 小学校を卒業する時点で一八〇を越えていた身長は、家族の誰より抜きん出ている。母親曰く、自分の祖父――千歳の曾祖父に当たる――に似たんだろうということだ。
 起き出した千歳にすぐさま気づいた深亜が、にこりと笑いかけてくる。

「おはよう、千里お兄ちゃん」
「おはよーさん」

 千歳も笑い返し、自身を見上げる二つの頭をやや乱暴に撫で回す。「きゃーっ」と妹たちは弾んだ声を上げる。

「ほれ、俺は顔洗ってくっけん、先行きなっせ」

「はーい」と声を揃え、とたとたと軽い足取りで朝食の席へ向かう妹たちの背を千歳は見送る。

「ミユキちゃん髪ぐしゃぐしゃ」
「お姉ちゃんも髪ぐしゃぐしゃー」
「ふふっ、あとで髪結んであげるね?」
「うん! えへへっ」

 やはり、うちの妹たちは可愛いと、千歳は思う。

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