悪態をつこうにも、口からは荒い息がもれるばかり。
身を折ってどうにか激情を押し込めようとする千歳の肩に、遠慮がちに触れる手があった。
その感触にさえ過敏に反応した身体に、相手も慌てて手を離す。
「あ、あの……千里くん? どうしたの……?」
「……深亜」
伸ばしかけた腕を抑える。
掌に喰い込ませた爪がなんとか理性を留まらせた。
「深亜……頼むけん、今すぐこん部屋から出てって……」
「え――千里、く」
「触んなっ!」
びくりと、震えた指が視界の端を掠めた。
「……触られたら、なんすっかわからんけん」
「……え?」
もれたため息は、熱く湿っている。
「…………薬、盛られた」
「く、すり……?」
「……理性ば、吹っ飛ばす薬」
「りせ、――え、あっ……」
彼女は千歳の状態を理解したようだ。
「だけん、はよ俺から離れて……」
「で、も」
「深亜に……ひどかこつ、したくなかけん」
「……いい、よ」
千歳は勢いよく顔を上げる。
羞恥に双眸を潤ませながら、深亜は千歳の手を握り締める。
「千里くんになら……なにされてもいい、から」
ぷつりと、記憶はそこで途切れた。
+ + +
自己嫌悪にまみれた重いため息が、空気に沈む。
最後には気を失い、深い眠りに落ちていった深亜の頬を撫でる。目もとにはいまだ涙が浮かんでいる。
そっと目尻にくちづけ、力の抜けた身体を抱き締める。
目に入った白い肌には、自身でも引くほど多くの噛み痕が散らされていた。
胸や腹、腕に、果ては手指にまで。
特に酷いのは血が滲んでいる肩口の噛み痕だ。
痛くなかったはずはないのに、それでも自身を受け入れ続けた深亜に、罪悪感を抱くと同時、それ以上の愛しさを覚える。
「深亜、ごめん……ありがと」
彼女が目覚めたらもう一度謝って、この愛しさを告げて。
償いを込めてめちゃくちゃに甘やかし尽くそうと、千歳は深亜の額にまずはくちづけを贈った。
噛み癖千歳。
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