さっきから、前に座る彼女は、なぜだかそわそわと落ち着かない様子だ。
 手をつけている課題(サボっていたツケ)から、ちらりと目線を上げ千歳は深亜を窺う。
 監視役として呼ばれた手前、千歳のことを見ていた顔は段々と俯きはじめ、胸もとで重ねられた手は、時折ぎゅっと皺を作る。
 とうとう、千歳は口を開いた。

「どげんしたと?」
「えっ?」

 ぱっ、と顔を上げ。
 目を合わせた深亜は、瞬間頬を真っ赤に染め上げた。

「……え?」
「やっ、あの、なんでもない、から……っ」

 そんな反応をされて、なんでもないで納得できるわけがない。
 深亜の腕をすかさず捕らえ、逃れようとした身体を押さえる。
 背けられた顔を、頬にやった手でこちらへと向けさせれば、なおも逸らされる視線にこのやろうとなる。

「深亜ー?」
「だ、だめっ……無理なの……」
「なんが無理と?」
「あっ……えっ、と……、……」
「……言わんとここでイロイロすっけん」
「!!」

 言うが早いか、立ち上がり深亜の手首を強めに掴むと、深亜は慌てて首を振った。

「ま、待って、言うからっ」

 顔を真っ赤にし、涙で潤む瞳に危うく理性を手放しかけたが、千歳は平常心を装って深亜の手首を掴む力を緩めた。
 何度か、深亜は深呼吸を繰り返す。
 相変わらず目を逸らしたまま、ぽつりと、小さく深亜は言った。

「眼鏡……」
「……は?」

 一瞬、その言葉がなにを指すか、千歳はわからなかった。
 確かに今、千歳は眼鏡を掛けている。
 普段使っている使い捨てコンタクトをうっかり切らしてしまい、授業などは……まあ、いつも通りで済んだわけだが、今はそういうわけにもいかず、眼鏡を代用としている。

「千里くんが眼鏡掛けてるの……初めて、見た……」

 ――そういえば、眼鏡姿を彼女に見せるのは、これが初めてのことだったか。

「似合っとらん?」
「…………似合いすぎてます」

 ああ、と千歳は理解した。
 抑えきれない笑みをそのままに、熱くなった深亜の頬を包む。

「見蕩れた?」

 はっ、と開かれた深亜の目は最早ぼやけてでしか見えない。
 唇に移っていく熱を感じながら、かちゃりと、音を立てたそれに千歳は目を細める。

(……キスするんには邪魔ばい)

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