「え? あ、はい。そうですけど?」
日誌を書いていた手を止め、深亜は顔を上げた。
本日の日直の業務は、この日誌を書き上げれば終わりとなる。
日誌だけを彼女に任せたもうひとりの日直当番――小春は、すでに自分が負った仕事を終わらせ、雑誌を手に深亜を待っている姿勢だ。
「じゃあ……マンネリ、孤独、貧乏、目的がない――この中で嫌なのって、なに?」
「……もう答えませんよ」
「あらぁ? この前みたいな変な心理テストやないわよぉ」
「本当ですか……?」
「そ・れ・に、ふたりっきりなんやから、ぶっちゃけてもええやないのん」
「……それは、人前では言えないような内容だってことじゃ……」
「細かいことは気にしな〜いのっ」
で? さっきの答えは?
「……孤独、ですね」
答えない、とは言ったが、深亜の中で答えはすでに決まっていた。
どこか陰りの見える微笑みに、小春はよしよしと、深亜の頭を撫でる。
「安藤さんには千歳くんがおるし、アタシらもおるんやから――独りになんて、嫌でもさせへんわよ」
「……ふふっ、ありがとうございます」
「いーえ。でもぉ、千歳くんに聞かせたらまた面白そうな回答ねぇ……ほな次の質問、いくわよんっ」
「小春さん……」
せっかくの言葉も台無しだ。
しかし却ってそれが“らしい”と、深亜は控えめに笑い、彼女“らしく”真面目につき合うことにした。
「他人がなにしてるか、とっても気になる? 好奇心で知りたい? あまり気にならない? わが道を行くので――ってこれは安藤さんぽくないわね」
「えっと……あまり、気にならないですね」
「そんな感じやわ、安藤さんって。次は、仕事に対して求めるものは……」
「ん〜……」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「はいっ、診断終了〜。お疲れさま」
「はあ……それで、なんの診断だったんですか?」
「ん〜と……診断の結果、あなたは受け身だけど、なんでもやっちゃうタイプです」
「……は?」
「あなたの幸せは、愛する人と共に過ごすこと。好きな人とのえっちだったら、いくらだって――」
「小春さんっ!」
「いやん、怒ちゃやーよ」
それにしても、と応えていない小春は喋るのをやめない。
「受け身がちだけど求められたらはっきり「ノー」と言えないとか、安藤さんまんまって感じやわ」
「そ、んなことは……」
ないと言いたいが、自分の性格は自分でよくわかっているので強く否定できない。
「そのため、大人しい性格なのに、いつの間にかテクニックがガンガンに磨かれていく可能性があります。おすすめ体位は座位やって」
「そこまで聞いてません!」
+ + +
熱くなっている教室内とは対照的に、しーんと静まりかえっている廊下。
声がもれている扉に背を預け、しゃがみ込んでいるジャージ姿がふたつ、あった。
「……なあ、ユウジさん」
「なんやねん」
「俺ら、いつ出てったらよかとね?」
「今出てったら、安藤ぶっ倒れるんちゃうか?」
「そん時は俺がしっかり介抱すったい」
「ナニするつもりや」
めんどくさそうに一氏は息をつく。
「野獣に開発されたら、そらテクもすごなるわな」
「開発言うな」
「さっきからニヤついとる奴が言うなや」
「こっでニヤつかん方のおかしか。あー、部活行かんでこんまま深亜と帰りたかー」
「ひとりで帰れ。あー、はよ小春の顔見たいー」
扉を開けて千歳たちに気づいた深亜が、真っ赤な顔で廊下を駆けていくのは、それから三分後のこと。
それを嬉々として追いかけていった千歳は、この日の部活を無断欠席扱いとなった。
引用:GoisuNet
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