くすりと笑う吐息が耳をくすぐり、恥ずかしげに身を離しながら、深亜の手は千歳の腕を頼ったままだ。
「だいじょぶ?」
「う、うん……」
「あっちの方からやな」
「ワイが見てきたるわ!」
「あっ、ちょい待ち金太郎!」
真っ先に駆け出した小柄な背を追って、保護者役の部長も駆け出す。
「う〜ん……平気かしら?」
「なにがや?」
「こういう時って、離れ離れになるとどっちかになにかが起こるんがセオリーやない?」
「なにかって……不吉なこと言いなや」
「? どないした、銀」
小春と謙也のやり取りに苦笑を浮かべていた小石川は、隣にいる石田の様子がおかしいことに気づいた。
小石川の声に全員の目が石田に向く。
石田はじっと、右側の扉を見つめている。
「――来る」
「え?」
バンッ! と扉が開け放たれた。
その場にいる全員の目が、くぎづけとなる。
異様な大きさの、異様な肌の色をした、異形の生き物――
「な、ん……っ?」
「――走れっ!」
「や、ぁ……」
「深亜!」
恐怖に動けなくなってしまった深亜の手を引き、千歳は先を行く仲間の後を追う。
死の鬼ごっこが始まった。
+ + +
背後から迫る獣染みた息遣いから必死で逃げる。
無我夢中でいくつも扉をくぐり抜けた先、突如目の前に広がった異質な空間に深亜は怯んだ。
コンクリートに囲まれた薄暗い部屋。
こちら側とあちら側を隔てる鉄の柵。
これはまるで――
(牢屋……)
だが躊躇している場合ではない。
誘うように開かれている入り口に走り寄り、中から素早く鍵を掛ける。
「きゃあ!」
ガシャン! と鉄柵を揺する衝撃に、深亜は壁に背中をぶつけた。
震える身体を抱き締めながら、目は“それ”から逸らせなくなる。
ぎょろりとした目玉に、身体に比べて異様に大きな顔。
窮屈そうに巨体を折り曲げてなお、執拗に鉄柵を揺する姿は恐怖そのものでしかない。
スライド式の簡易な鍵は今にも外れてしまいそうだ。
しかし、揺すってもびくともしない鉄柵に諦めたのか、無言を貫く“それ”は深亜に背を向け、部屋から出ていった。
ずるりと、脚から力が抜け壁伝いに床にへたりこむ。
抑え込まれていた涙が今さらにあふれだした。
「深亜っ?」
「っ! 千里、くん……っ」
勢いよく顔を上げた深亜は、千歳の姿にとうとう涙を流した。
深亜の涙に焦りを強くした千歳は鉄格子の扉に駆け寄り、隙間から腕を差し入れ鍵を外すともどかしげに押し開けた。
千歳の腕が伸び、常にない荒っぽい手つきで顔を仰のかされる。
「千里くん……」
「……無事でよかった」
痛いほどの力で抱きすくめられ、深亜は胸を詰まらせながらも千歳の背にしがみついた。はぐれた自分を探し回ってくれていたのか、千歳の乱れた呼吸と脈打つ鼓動が深亜にも伝わる。
じわりと、深亜の目に新たな涙が滲んだ。
「ふ、ぅ……千里くん、千里、く、っ……」
「もう大丈夫だけん……ひとりんしてごめん」
喉がつかえてしまって声が出ない。
深亜は涙を散らしながら首を横に振った。はぐれてしまったのは彼の手をちゃんと掴んでいなかった自分の所為だ。
上手く話せない口の代わりに、深亜は千歳の背へ回した腕にいっそう力を込めた。
5.2以降だと即ゲームオーバー。
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