目覚めたのはまったく見覚えのない部屋で、どうして自分がここにいるのかもまったく覚えていなかった。
 カーペットの上に横になっていた身体を起こそうとして、後ろ手に手首を縛られていることに気づいた。そうすれば口許にも違和感を覚え、なにか――ガムテープか? ――を貼られて塞がれていることにも気づく。

(なん、これ……)

 心臓がおかしいほどにうごめく。
 そのくせ頭は冷静に今の状況と、ここへ至るまでの記憶を確かめようと動く。
 今日もいつものように起き、学校へ行き、部活を終えいつも通りに帰路へついていたはずだ。

(あ――車)

 しかし、今日はいつも通りではなかった。
 人通りも滅多にない路地で、後ろから車が近づいてきたことに気づき道端に避けたまでは普通のことだったのに、横を通り抜けようとしたワゴン車のドアが開き、え? と思った直後にはもう鈍い衝撃が――

(っ、てぇ……痛みまで思い出した)

 後頭部ら辺に走った痛みに、どうやら殴られたかして気絶させられ、拘束されここに放り込まれた……らしい。

(俺、誘拐されたとや……? ははっ……笑えん冗談ばい)

 かちゃりと、唐突に部屋のドアノブが回る。
 即座に身を固くした千歳は、部屋に入ってきた少女に目を見開いた。
 制服姿の少女は、どう見ても同い年くらいだ。
 まさか、この少女の細腕に昏倒させられたのか……?
 そんな相手も驚きに軽く目を瞠ったが、迷うことなく千歳の傍らまで詰め、膝をつく。
 横に置かれたお盆には、湯気を立てるシチューが皿に盛られていた。

「まだ痛む?」

 掛けられた言葉にふたたび驚く。
 しかし特に返答を求めていなかったのか、少女は「起きれる?」と次の問いを口にする。
 肩を支えに、なんとか起き上がる。
 自然、目線の位置が上になった千歳に膝立ちになり、少女は千歳の顔に触れる。

「大声出さないでね……怒られるから」

 そう前置いて、口許のテープを外される。
 はっ、と千歳は息を吐いた。

「ご飯持ってきたから……少ないけど、これ――」
「俺がなんしたとや?」
「……貴方の所為じゃないよ」

 小さく、少女はため息をつく。

「貴方のお祖父さんと、わたしの保護者が、少し揉めてて……貴方には悪いけど、わたしもあの人たちを止めることなんて、できないから……」
「それ、俺ん言ってよかと?」

 少し考える素振りを見せ、少女は「口止めされてない、し」と辿々しく答えた。
 千歳は思わず笑っていた。

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