(『11タイプ』没案)
ごろりと、俯せの状態から寝返りを打ち、千歳は深亜の顔を見上げる。
手を伸ばせば触れえる距離にいるのに、当の深亜は活字を追うことに耽り、千歳の視線にはまったく気づいていない。
(ほんなこつ、周りの見えんくなっとっと)
雨音に囲まれた部屋には互いの呼吸音だけが浮かび、そしてとけていく。
密やかな空気は決して息苦しいものではない――むしろ心地好いくらいだ――が、近しい距離に彼女を感じながら、それを空気と同化させてしまうことが千歳にはできないでいる。
(俺と喋るより、本読んどる方の楽しかと?)
構ってほしい。触れてほしい。
先ほどからぼんやりと思っては打ち消している、自身のわがまま。
深亜の意識を奪う本を取り上げれば、こちらを向いてくれるだろうが、その後でどんな目に遭うか身をもって知っている千歳は、手をこまねいて深亜を見つめるに留めている。
(……次やられたらマジ泣く)
自身の存在を無き者のように扱われることなど、二度と味わいたくはない。
目を伏せ、千歳はひっそりとため息をついた。
目蓋を開けても、深亜は変わらず読書から顔を上げない。
長い睫毛に縁取られた、黒目がちな瞳はゆっくりと活字を追っていく。小さく繊細な指がページを繰(く)る。
いっそその本になれば、彼女に触れられ、彼女に見つめられるのに。
(……喋れんけん、いかんばい)
身体を横にし、深亜の膝頭の辺りに目線を置く。
白いワンピースの裾からはみ出す脚は、容易く手折れそうなほどに細い。陽に焼けていない肌の色が余計にそう見せる。
男女の差があるとはいえ、自身の身体とはまったく違う造りをしている深亜に、千歳は時々、接し方がわからなくなりそうになる。
(体力とか、全部姉ちゃんに持ってかれてまったたい)
年を経るごとに、繋ぐ手は小さく細く感じられていく。背はまだ千歳の方が低いが、その差はもう数センチとない。目線は同じと言っていいほど違(たが)わなくなっている。
その事実に、千歳は秘かにガッツポーズをしていたりする。
ちぃちゃんと、周りからはなんと呼ばれようと構わないが、彼女にだけは頼もしい存在だと思われたい。内面の成長はまだまだ経験不足ということで、まずは外見から、目標は彼女を抜かすことだ。
(男ん方が成長の遅か言うけん、こっからばい)
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