人がごった返す食堂内で視線を巡らせた深亜は、こちらに軽く手を振る彼らを見留め、淡い笑みを返しながら近づいていく。

「お疲れさん」

 当然のように自身の隣の席を引く千歳に「ありがとう」と微笑い、手にしたお盆をテーブルに置く。
 昼休み前の授業のあと、教師からの頼まれ事を片づけていれば、だいぶ時間が経ってしまっていた。
 深亜を手招いた彼らも、大半が昼食を済ませており雑談に興じている。交わされるテンポのよいやり取りに小さく笑みをこぼし、深亜は「いただきます」と手を合わせる。

「ねぇねぇ安藤さん」
「はい?」

 斜め向かいに座り、なにやら雑誌を面白そうに眺めていた小春に、深亜は視線を向ける。
 それまで深亜と会話していた千歳も、同じように小春へと視線を移す。

「千歳くんに着せたいの、スーツ、制服、ジーンズ、革ジャケ――どれがええ?」
「…………はい?」

 唐突すぎる、脈絡もなにもない質問に、深亜は先と同じ言葉を繰り返すしかなかった。
 半ば固まってしまった深亜の代わりに、チームメイトの突飛な言動にも最早慣れた千歳が苦笑しながら言う。

「なん、アンケートね?」
「アンケートちゃうわよん。安藤さんへの、心理テ・ス・ト」

 うふっ、と可愛らしく笑うその様子に、なぜか嫌な予感がよぎる。
 というか、自分への心理テストと言っておいて、千歳の名前が出てきた時点で、そういう恋愛方面――しかも質問内容からなんとなく際どい系、だろう。恐らく。
 人前で恋愛話をするのは照れが勝り、深亜は滅法苦手としている。その手の話題はなるべくなら流してしまいたい。
 深亜は恐る恐ると小春に訊ねる。箸を持つ手はすっかり止まっている。

「えっと、どういった内容の……?」
「それは答えてからのお楽しみやない」

 予感は確信へと変わった。

「ほらほら。スーツ? 制服? ジーンズ? それとも革ジャケ?」
「…………」

 ちらりと、深亜は千歳を窺う。
 首を傾げている千歳からすぐさま目を逸らし、頬を赤らめながら深亜は答える。

「……スーツ、です」
「あら〜ん、安藤さんもわかってるやないの。じゃあ次ねん。デートで行くなら、映画館、遊園地、食事、彼の家、どこ行きたい?」
「あの……えっと……」

 顔に熱が集まっていくのがわかる。
 耐性のまったくない深亜には、こんな軽い質問も充分に重い一撃だ。
 各々好き勝手やっていた周りも、こちら側の様子がいつもと違うことに気づきはじめた。
 小春が広げる雑誌を覗き込み、遠慮なしに笑い転げたり意味深に笑うなど反応は様々だが、やはりまともな心理テストではないらしい。
 狼狽える深亜をさらに追い詰めるよう、小春は楽しげに回答を急かす。

「アタシのオススメは、やっぱ彼の家かしらん?」
「心理テストでオススメってなんやねん」
「こ、小春っ。俺の家やったら、いつでも来て」
「で、安藤さんはどこがええのん?」

 目の前で撃沈した一氏を気にする余裕が今の深亜にあるはずもなく、羞恥に耐えきれず顔を俯かせる。

「……ゆ、遊園地で……」

 それでも律儀に答える生真面目な深亜に、周りは生温い笑みを浮かべる。
 その生真面目さがおもちゃにされる原因なのに、と思いながら。

「ふぅん……――やって、千歳くん」
「えっ?」

 突然に千歳へと振る小春に驚き、深亜は勢いのまま隣を振り向く。
 頬杖をつき、こちらを見つめていた千歳の顔は完全に緩みきっている。

「今度ん休み、お出かけしよかね?」

 声と同様に、甘さを含んだ手つきで頭を撫でられ、忘れていた動悸がふたたび深亜を襲う。
 辛うじて、深亜は首を縦に振った。

「やんっ、お土産話が楽しみやわぁ。ほな、次の質問いくわよんっ」


 + + +


 その後も繰り返される問いになんとか答えていけば、ようやく診断結果が出たようだ。
 一段落ついたことに、深亜はほぅ、と息をついた。
 湯呑みに手を伸ばし、喉を潤す。
 お盆には冷め切った昼食がまだ残っているが、食欲はとうに失せてしまった。
 ちまちまと箸を動かし、少しずつでも口に運んでいく。

「診断結果の発表〜!」

 小春の声に深亜は箸を置き、湯呑みに口をつけた。

「診断の結果――あなたの彼はずばり、野獣系といえるでしょう!」
「!? っ、ごほ……っ」
「深亜っ?」

 飲み込んだお茶が変なところに入り、深亜は口許を押さえ咳込んだ。千歳が慌てて深亜の背をさする。
 呼吸が落ち着きかけたところで湯呑みを渡され、ゆっくりと喉に流し入れていく。

「野獣って……それ、俺んこつ言うとっと?」
「たかが心理テストや思てたけど、侮れんもんやな」
「なんが言いたかね、白石」
「ばっちし当たっとるやないか……ぶふっ」
「謙也、あとでちぃと話し合おか」
「安藤さん、大丈夫?」
「……は、い……」

 ますます全身が熱くなったことを感じながら、深亜は小さく頷いた。
 咳が治まったはいいが、別の理由で顔を上げられない。
 いつの間にか、背から肩へと回された千歳の手も、熱が引かない要因だ。

「えーっとなになに……狙った獲物を徹底的に追い詰め、最終的にガブリとおいしくいただいてしまうでしょう」

 謙也が読み上げた文に、あ〜あ、と全員が納得という反応を見せる。

「本能に任せたアグレッシブさは高ポイントですが、持久力の低さがたまにキズ。瞬発力の優れた野生ハンター系のように、ひとたび獲物を落としたら、そこで終わりになってしまうかもしれないので注意が必要です――やって」
「食ったらポイて、ひどいやっちゃなぁ」
「そげんこつしとらんばい」
「安藤さん、千歳くんにひどいことされたら、いつでも相談にのったるからね?」
「え? えっ、と……」
「あーっ、せからしか!」

 がたりっ、と音を立てて千歳が立ち上がる。

「深亜」
「えっ、あ……」

 驚いた顔で自身を見上げていた深亜の手を掴み、強制的に席を立たせる。
 困惑する深亜に構わず、千歳はずんずんと深亜の手を引いていく。

(あ、お盆……)

 片づけ忘れたそれが気がかりで後ろを振り返れば、目が合った面々は一様に手をひらひらと振っている。
 深亜は顔を伏せたくなったが、小さく頭を下げ、千歳に大人しく連れ去られていった。

「――あーあ、行ってもうた」
「謙也くんが余計なこと言うて怒らせるから」
「なんでやねん。俺は書いてあんの、まんま読んだだけやっちゅー話や」
「安藤さんのお盆、片づけといたれよ、謙也」
「だからなんで俺やねん」
「……お前ら、安藤の苦労も考えたれや」

 はぁ、とため息をつく小石川の声は、賑わいの中に紛れていった。


 + + +


 どきどきと心臓がうるさい。
 引かれるままに急かされ、ここ――空き教室のひとつ――に着く頃には深亜の息は軽く上がっていた。
 その上、無言を貫き通す千歳から突然抱き締められれば、深亜の心臓は簡単に鼓動を早める。
 深亜はそっと、震える指を千歳の背に添える。

「千里、くん……?」
「…………」

 しばらくの沈黙のあと、重いため息が千歳からこぼれる。

「……誰が捨てっとや」
「え? せん、り――」

 深亜の声は千歳に呑み込まれた。
 思わず千歳のシャツを握った深亜に、身体に回る腕の力が増す。
 息苦しさに喘ぐもさらに深くを侵され、意識ごと、徐々に追い詰められていく。

「手放すわけなか」
「ふ、ぁ……せ、んりく……?」
「深亜しかいらんけん」
「んっ、ぅ……」

 ぞくぞくと駆け上がるなにかに、脚が震える。
 縋りつくよう、深亜は千歳の首へ腕を回した。



引用:GoisuNet


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