なぜと問いかけたくても、その人は自分の前にはいない。
燻ったまま、消え去ることのない苦しみだけが、深亜に残された。
+ + +
「暑……」
会場に着いた頃には、深亜の体力はすでに限界を迎えようとしていた。
寒さに強いという自負があるが、その反面、熱に弱くできているらしい。均衡が保たれているのかいないのか、我が身ながら苛立たせてくれるものだ。
――いや、我が身だからこそか……。
上手く働かなくなってきた頭でぼんやりとそんなことを思いながら、深亜は涼を求め適当な木陰を探す。
自校の試合時間まではあと少しある。
これが中学最後の全国だからと、応援を頼んできた友人の試合はさらにもう少し――それまでは悪いが涼ませてもらう。
ふらり、と進む足取りは見た目にも危うい。
人の話し声を避け、自然と足は人気のない静かな空間を目指す。
あまり人のいないところには行かないように、安藤は隙だらけだからね――とはもうひとりの友人の言だが、あいにく今の深亜にその忠告を聞き入れている余裕はない。
ふらり、ふらり、と彷徨っていた足は丁度いい木陰を見つけ止まった。
木の下に置かれたベンチに座り、さわさわと揺れる枝葉を仰ぐ。
涼しげな葉擦れの音に聞き入るよう、深亜は目を閉じた。
――不意に、かすかな音が混じりだす。
「……?」
深亜は耳を澄ませる。
一定の間隔で鳴る音は、段々とこちらに近づいている。
からり、と耳を掠めた軽やかな音が、深亜の心臓に強く響いた。
今のは……、
――下駄の、音。
「深亜……?」
「っ、あ……」
もはや聞き馴染んでしまったその声に顔を上げ、深亜は後悔した。
間違えようのない幼馴染みの姿が、深亜を追い詰めていく。
「せん、り……」
「髪、切ってまったと?」
動けずにいる深亜の前に立つと、千歳は渋い顔で深亜の髪に触れた。
「きれか髪だったとに……」
「……千里」
「そばってん、短なんも新鮮で、これはこれでよかね」
「なん、で……」
「ん?」
「なんで、そんな普通でいられるの……なんでわたしにさわれるの、なんで……なんで、わたしの前で笑えるの……っ!」
「……深亜」
「だって! だって、わたし……千里のこと」
傷つけたのに――
最後の呟きは、千歳の胸に吸い込まれた。
抱き締める身体も、抱き締められた身体も熱いのに、抵抗すら深亜は忘れた。
「深亜……深亜はなんも悪くなかよ」
ぴく、と深亜の肩がはねる。
抱き締める腕の力を強め、深亜の耳もとで千歳は囁く。
「好いとるよ、深亜」
「――――」
信じられない思いで、深亜は顔を上げた。
絶望という闇が、深亜を呑み込む。
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