泣いて、すがって、あなたがすきですと全身をもって伝える。
 そんな彼女の様子に、深亜は無表情で携帯電話を手にする。

 ――探していた人物を見つけたはいいが、とんだ現場に遭遇してしまったものだ。

 角を曲がったそこで今まさに起こっている、愛の告白。
 深亜は校舎の外壁に背を預けながら、メール機能を呼び出す。
 今日は委員会の用事で遅くなる。先に帰って構わない――そんな旨を本文に打ち込んだ。
 ひとり分の足音が、遠ざかっていく。タイミングを見計らい、メールを送信する。
 閉じた携帯をポケットに入れ、深亜はなにごともなかった顔でその場を後にした。


 + + +


「まだ残っとっと?」

 自分以外誰もいない教室に、そんな声が響いた。
 ドアを開けて入ってきた千歳を一瞥し、深亜は視線をペンを走らせる手もとへ戻す。

「先に帰ってもいいって、伝えたはずだけど」
「深亜ばひとりでなん帰せんたい」
「千里は過保護すぎるんだよ」

 話しながら近づいてきていた足音が、自分の横で止まる。
 がっ、と唐突に、ペンを握る手を掴まれた。

「深亜、俺んこつ避けとらん?」
「……避ける理由なんてないでしょ」

 嘘だ。
 その証拠に、千歳が入ってきた時から深亜は一度も視線を合わせていない。
 それは当然、千歳も気がついていることだ。

「あん時――深亜もあそこにおったろ?」
「…………」

 沈黙は肯定となる。
 まずいとは思っても、言うべき言葉を見つけられない。
 はぁ、と諦めたように、深亜はため息をついた。

「聞いてしまったのは悪いと思ってる」
「……言うこつはそっだけとや?」
「ほかになにを言えって? 彼女面して、あなたはわたしのものよ、とでも?」
「…………」

 骨が軋むかと思うほどに、自らの手を捕らえる力が増した。
 痛い、と深亜が口を開くより早く、握り込まれた手ごと引き上げられる。
 衝撃によって落ちたシャーペンとプリントが視界の端をよぎる。
 突き飛ばされたのは机の上で、深亜は後ろ手に身体を支え「なに?」と千歳を見据えた。

「ほんなこつ、よう爪ば立てる猫ばい」

 きつく顎を掴まれ、深亜は眉をひそめる。
 対する千歳は笑みこそたたえているが、その目は笑っていない。

「どげんしたら、懐いてくれっとかね」

 ――ああ、苛立ってる。

 常にない荒っぽいくちづけを受けながら、深亜はぼんやりそう思った。
 はっ、と息をつき、千歳は深亜の首に鼻先をうずめる。

「……どげんしたら、俺のもんになっと?」
「…………」

 泣いて、全身で縋りついて、喚いて。
 なんて浅ましい生き物だろう、女というものは。

 ――わたしも、結局は同属か。

 ただの女になっていく自分が、怖かった。

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