(同棲設定)



 ラムネ瓶と赤い舌。ひらりと揺れるワンピースの裾から伸びる白い脚。麦わら帽子と太陽。
 夏の思い出は、色鮮やかに蘇る。

「また懐かしい物を」
「ん?」

 顔を上げた千歳は、深亜の目が机の上に向けられていることに気づき「ああ」と納得した。
 机の上にはぽつんと、汗をかいたラムネ瓶が置かれている。

「商店街でサービスってくれたと」

 ふぅん、と頷き、深亜も机の前に腰を下ろす。
 中身が半分ほど減ったラムネ瓶の中で、ビー玉がきらりと光った。深亜は魅かれるように手を伸ばし、瓶を振ってビー玉を転がす。

「こらこら」

 千歳は苦笑しながら深亜から瓶を取り上げた。しゅわしゅわと炭酸が抜けていくのが目に見える。

「早く飲んで」
「ちぃと待ちなっせ――ほんなこつ深亜はこん音の好いとったいね」

 からん、と傾けた瓶の中でビー玉が鳴る。
 幼い頃から、深亜はこの音に夢中だった。
 甘い物が苦手で自分では飲めもしなかったから、幼馴染みたちが飲み終わったラムネ瓶を揺すったりして、放っておけば飽くことなく――堪り兼ねた深亜の姉が「喧しい」と取り上げるまで――ラムネ瓶を見つめていた。
「きれい」と微笑う深亜が見れるならラムネの一本など安すぎるほどだが、生憎と千歳には深亜の感じる音の価値だけはわからなかった。
 瓶の中で振れるビー玉を、深亜は変わらない、子ども染みた目で追いかける。
 ふっ、と笑った千歳は呟く。

「可愛か」
「え? なに?」
「んにゃ、なんでもなかよ」

 幸か不幸か、千歳の呟きは深亜には聞こえていなかったようだ。
 ラムネをひと口飲み、千歳はおいでおいでと深亜を手招く。

「……?」

 訝しみながらも誘いにのった深亜の腕をすかさず掴み、なにを言う前に唇を塞いでしまう。冷えた舌で探る口内は、普段と違う感触が伝わってくる。
 とん、と深亜の拳が千歳の肩口を叩く。思った以上の強い抵抗に、千歳はあっさりと深亜を離した。

「なに、するの……っ」
「お裾分け。甘かね?」
「嫌がらせの間違いでしょ」

 苦い顔をする深亜の額に笑みを作る唇を当て、千歳は深亜のシャツの中に手を忍び込ませる。
 ぺちっ、とすぐさま深亜の掌が頬を打った。

「まだ夕方」
「夜までオアズケなん?」

 なにを当たり前のことを、と言わんばかりの呆れ顔でシャツの中の手も叩き落とし、深亜はするりと千歳の腕から逃れる。
 ひどか、と詰る言葉とは裏腹に楽しげに笑いながら、千歳は炭酸の抜けかけたラムネを飲み干した。
 翌朝、食器かごに伏せられたラムネの空き瓶に、思わず千歳は笑ってしまった。

戻る
誤字脱字、不具合等お気軽にお報せください
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -