(小学生時代)



 悲しみの果てに強さを得られるならば、今はただ泣けばいいと思う。


 + + +


「どげんしたと?」

 そう言って覗き込めば、深亜は虚を衝かれた顔で千歳を見返した。

「なに、が」
「昨日も部屋ん中おったけん。外で遊ばんと?」

 一瞬だけ、なにかに耐えるよう唇を引き結んだ深亜は、俯き気味に首を横に振る。

「おばあちゃまが、外で遊んじゃだめって、言った……から」

 突然の言葉に、千歳は目を丸くする。
 どこへ行くにも、なにをするにも、今まで深亜と一緒だったのだ。いきなりそんなことを言われても納得できるわけがない。
 けれど――それよりも、千歳には気になることがあった。
 目線を合わせようと深亜の前にしゃがみ込み、彼女の膝に乗せられた手に手を重ねる。

「なんがあったと?」
「……なに?」
「深亜、泣くごたっけん」

 ひゅっ、と深亜の喉が鳴る。
 なんで――声にならない呟きが深亜の唇を震わせ、千歳の手の中でぎゅっ、と、拳が握られる。
 寄せられた眉根は悲痛なほど深亜の心情をあらわにしている。
 ぽたりと、限界が訪れた。

「ひっ……う、え……」
「深亜……」
「ふぅ、くっ……」

 泣き声さえこらえる深亜に、千歳は胸が捻じ切られる痛みを覚えた。
 こんな小さな身体で、どれほどの重みを抱えているのだろう。

「我慢せんでよかよ」

 母親のぬくもりを思い出しながら、千歳は細い肩を胸に抱き締めた。
 泣きたい時、母はいつもあやすように抱き締めてくれていた。

「ふ、え……っ」

 縋りつく手が、シャツの背を握る。
 胸もとに染みる涙を感じ、千歳は目を閉じた。
 じわり、じわりと、身の内にまで沁みこんでいく。
 繊細なガラス細工に触れるよう、やわらかな髪を千歳は撫でた。

 ――大切に、大切に守ってあげたい。

 彼女の涙を拭うのは自分だけでありたいと、はじめて千歳はそう強く願った。

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