(同棲設定)



 絶えず流れる水音に、深亜は眠りの淵に沈んでいた意識を浮上させた。目蓋を上げ、ゆるゆるとまたたきを繰り返す。
 電気のついていない室内は暗く、外からの明かりがカーテン越しにぼんやりと届くばかりだ。
 身を起こそうとして、隣に誰もいないことに深亜は気づいた。広くもない室内のことだ、人がいればすぐに気配を感じることができる。

 ――シャワーかな……。

 早々に深亜はそう断じ、掛けられていたタオルケットを剥いで床に足をつけた。
 少しばかり肌寒いと感じたが、なにを着るのも億劫で、先ほど投げ捨てたタオルケットを引っ張り身体をくるむ。余りある裾を引きずりながらベランダへと続くガラス戸に近づき、カーテンを開けた。

「すごい……」

 視界を霞ませるほどの大雨に、深亜は思わず呟いていた。
 冷えたガラスに手をつき、食い入るように外の様子を窺う。ぽつりぽつりと点る街灯が頼りなげに揺れて見える。
 こんな中を傘の一本で歩けば、傘は意味をなさずにたちまちずぶ濡れになってしまうだろう。

 ――それも面白そうだけど。

 幼い頃ならばきつく叱られただろうが、今なら咎める人間もいない。
 ほんの出来心で、深亜はガラス戸のロックに手を伸ばそうとした。

「深亜」
「――あ」

 いた。
 唯一、深亜の所作を咎める人間が。

「千里」

 振り返るより先に後ろから抱きすくめられ、ガラスから離された手をあたたかな掌に包み込まれる。

「ここは寒かけん、こっち来なっせ」

 そう言う千歳は上半身もあらわな格好でいる。
 ぽたりと、千歳の髪から垂れた水滴が頬を濡らし、深亜は「冷たい」と指先で滴を拭った。やっぱりシャワーだったか。

「そんなに寒くないけど」
「身体ば冷やして、よかこつなんなかたい」

 深亜は寒さん鈍すぎなんだけん――そう言われてしまえば、大人しく従うほかない。寒さに強いだけだと反論してみても、千歳がはいそうですかと離すとも思えない。
 ベッドに戻り、千歳の腕の中で深亜は諦めの息を吐いた。

「冷たかね」

 すっかり熱の失せた指先を握り、千歳は眉をたれ下げる。

「いつもこれくらいだよ」
「……冬なん来んでよかとに」
「それは困る」

 はぁ、とため息にも似た息をつく千歳の腕に抱き込まれる。
 深亜はかすかに笑みを落とし、大粒をこぼす天(そら)を窓ガラス越しに見やった。

「早く雪に変わればいいのに」
「……そん時は外出禁止ばい」

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