(小学生時代)



 誰かを好きになるということが、わたしにはよくわからなかった。
 もちろん家族や、仲のいい友達のことは迷わず好きだと言える。
 けれど、家族でもない男の人を、好きになるということが、よくわからなかった。
 友達としての好きと、それとは違う、特別な意味での好き。
 どこからが境界になるのか、わたしにはよくわからなかった。
 だから、クラスの女の子たちが好きな人のことについて、楽しそうに話していても、わたしはいつも輪の外から彼女たちを見ているだけだった。


 + + +


 はっ、と顔を上げれば、不思議そうな千里くんの顔があった。
 何度目かの呼び掛けでようやく反応したわたしに、千里くんは笑いながらこっちへと向かってくる。

「退屈ね?」
「ち、違うよっ」

 慌てて首を振り、休憩に入っていた千里くんに、傍らに置いてあったドリンクを渡した。
 週に何度か訪れる、千里くんが通うテニスクラブ。
 テニスを指導してもらうために来てるわけじゃないけど、見学だけでも構わないよとクラブの人が言ってくれたので、わたしはよく千里くんにくっついて来ていた。
 本当にただベンチに座って、千里くんたちの練習する姿を見ているだけだけど。
 試合でも、練習でも。
 千里くんがテニスをする姿を見るのが、わたしは好きだったから。
 ドリンクを受け取り、千里くんはわたしの横に腰を下ろした。

「休憩終わったら試合ばすっけん、見とって?」
「あ、本当?」

 相手は誰か訊けば、千里くんが指差した先には、顔は見たことあるけど名前は知らない男の子がいた。同じ学校じゃない。でも確か、ひとつ年上だったはず。
 それと、いくつかの大会で、賞をとったこともあるって。
 強そうな――ううん、実際強いんだろう相手と試合することになった千里くんは、それでも全然不安そうじゃなくて、どころか嬉しそうに、ボールを打ってる相手を目で追ってる。
 わたしは、千里くんのテニスを見てるだけだけど――でも、見てるからこそ知ってる。
 千里くんだって負けないくらい、テニスがうまくて、すごく強いことを。

「――深亜」

 不意に振り返った千里くんが笑いかけてきて、わたしはびっくりして返事ができなかった。

「応援、しとってね」
「う、うん」

 頷くことしかできなかったわたしに、千里くんの目がふっ、てやわらいだように見えた。直後に千里くんは呼ばれて行ってしまい、さっきの千里くんの表情をもう一度思い出そうとする前に、今度は入れ違いに千里くんの妹のミユキちゃんが、こっちに駆けてきた。

「お兄ちゃん、試合すっと?」
「うん。ほら、あそこにいる……」
「……お兄ちゃんは誰にも負けんばいっ」

 わたしがこっそり指をさした対戦相手のことはミユキちゃんも知ってたみたい。
 一瞬だけ難しそうな顔をしたミユキちゃんは、それでもお兄ちゃんの勝利を疑ってはいなくて、誇らしげにそう言い切った。
 そんなミユキちゃんが微笑ましくて、ついつい笑ってしまう。

「ミユキちゃんは、本当にお兄ちゃんが好きなんだね」
「うん! 深亜ちゃんも、お兄ちゃんが好きでしょ?」

 一瞬、言葉に詰まってしまった。
 きょとん、とした目が、真っ直ぐわたしを見上げてくる。

「――そう、だね。わたしも、好きだよ」

 友達の好きと特別な好き、わたしにはやっぱりまだわからない。
 千里くんに対する気持ちも、なんなのかわからないけど、千里くんが好きってことだけはわかるから――
 無邪気に笑うミユキちゃんの目もとは、千里くんにそっくりだった。



小学生's最高。


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