正しくは、わたしたちを見た途端、か。
手には次の授業の教材を持ち――ああ、音楽か――、それ意外になにも持っていないところを見ると、昼食はすでに済ませてきたのか、滝はくすくすと笑いながらわたしたちへと歩み寄ってくる。
本当に、いい性格してるよ君。
「お邪魔だったかな、俺」
と言いつつ、滝はわたしの隣へ腰を下ろす。
「……そうだね、少し邪魔に思えてきたかも。脚も痺れてきたし」
目線を下に落とせば、やわらかな金糸がそよ風にふわふわと踊っている。人の太腿を枕代わりにしている金色頭を、ぽんぽんと叩いておいた。
寝返りを打って真上を向いた安らかな寝顔が、今だけは少し憎らしい。
「寝る子は育つ、ね……これだけ蓄えてたら、成長が期待できるってものですね」
わずかな怒りの念を込めて、そのやわらかな頬を指でつついてやる。
小さな子どもみたく唸りながら、わたしの指から逃れようと首を背ける様は、とてもじゃないけれど同い年には見えなかった。
「それは俺たちの方が歳相応じゃないんだよ」
「…………今わたし、声に出してないんだけど」
「顔に書いてあるよ、『芥川は子どもっぽいなぁ』って」
「…………」
肯定はしないけれど否定もできない。
のでだんまりを通した。
まあこの場合、沈黙は肯定と見なされるから、意味のない抵抗ではあるけれど。
そんな頭上の(一方的な)緊張感など察せられるはずもなく、相変わらずわたしの太腿を枕にして安眠に浸っている、件の芥川。
――そのまっさらな額をはたいてやりたいと思ったわたしに、非はないと主張したい。
「気持ちよさそうに寝てくれますね君は……」
こっちの気苦労も知らないで……と、つい愚痴っぽくなってしまった。
風にそよぐ金糸を指で遊ばせていると、隣からくすくすという笑い声が届く。
「素直でいいよね」
「……芥川のこと?」
「どっちも」
「わたしも?」
わけがわからない。
そんなわたしを置いて、滝は「ほら、また」と笑い続けている。
「口では迷惑がっていても、頬がゆるんでるよ」
どっちもね、とつけ足された言葉に、思わず芥川の顔を見つめたまま固まってしまった。
暢気に寝息を立てている芥川。
はあ、とため息が出る。
「馬鹿な子ほど、可愛いって言いますしね」
「いい母親になれそうだよ」
芥川みたいな子どもは正直遠慮したいと思いながら、いまだ目覚めない、大きな子どもの頭を撫で続けた。
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