――俺、レギュラーから落ちちゃった。
まるで雑談の延長のごとく、他愛もないことのように彼が告げた言葉に、わたしは固まった。
そよ風がさわさわと枝葉を揺らす音が、やけに大きく聞こえた。
たった数秒が何時間にも感じられ、動けなくなったわたしに、彼が小さく微笑った気配があった。
「そこまで驚くとは思わなかったな」
「……充分、驚くことでしょう……」
ふっ、と、ようやく息が吐きだせた。
「どうして……試合で、負けたから……?」
「宍戸にね、負けたんだ」
宍戸――宍戸くん。確か、芥川と一緒のクラス……だったと思う。
敗者切り捨てのルールは部員同士の試合にも通用するということを、わたしは今の今まで忘れていた。それほどに、レギュラークラスの実力は絶対的なものだったから。
それに、宍戸くんも一度、レギュラーから落とされたことがあったはずだ。
――彼の内心は、到底わたしなどが推し量れるほど、容易ではないだろう。
「驕ってた部分も、あったと思う」
彼の目は、遠くを見つめている。
ああ――
その視線の先には、テニスコートが、あった。
「負けるって、こんなに悔しいものだったんだね。……忘れてた」
もれた笑い声には、自嘲的な響きが混じっていた。
顔にかかる髪を払う手が、そのまま乱暴に髪を掴む。
俯く彼に掛ける言葉が、見つからない。
「駄目だな……まだ、割り切れてない……」
今日がオフの日でよかった、と、彼は言った。
平然とした声音は、かえって彼の心情をありありと表しているように、そんな風に聞こえてしまった。
「……そんなに、なにもかも簡単に受け入れられるほど、心なんてうまくできてないよ」
かすかに、彼の肩が揺れた。
「ごめん。正直、なんて言ったらいいかわからない」
「――」
「……わたしには、肩くらいしか貸せないけど……」
頬をかすめた髪がくすぐったかった。
充分だよ――囁くように笑い声をこぼす彼の手に、強く袖を掴まれる。
肩にじわりと滲むあたたかさが、すべてを溶かしてしまえばいいと、そう思った。
ごめんなさい。
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