大きな雲が連なって空を流れ、陽射しを遮っていく。
 空を仰いでいた深亜は不意に腰を浮かし、自分のサンダルを引き寄せた。「深亜ちゃん?」傍らに座って休んでいたつぐみが深亜に声を掛ける。

「少し陰ってきたから、ちょっと向こうの方まで歩いてみる」

 ぱち、とサンダルのストラップを留め、ストールを手に立ち上がった深亜が向こうと指さしたのは、岩場の方だった。
 その指の先を追ったつぐみが、心配そうな顔で深亜を見上げる。

「ひとりで大丈夫?」
「倒れても、これだけの人数がいたら誰か気づいてくれるよ」
「もう、深亜ちゃん」

 不満気な顔をするつぐみに「冗談」と深亜は薄く笑った。

「すぐ戻ってくるから、心配いらないよ」
「ほんとに早く戻ってきてね?」
「わかってる」

 ストールを肩にかけ、深亜は砂浜に足を沈ませた。


 + + +


「あ」

 つけては消え、つけては消え、深亜がここまで歩いてきた跡は、今また打ち寄せた波に消された。ついでに避け損ねた深亜のサンダルまでをすっかりと呑み込み、波はさぁっと海へ引き返していった。
 とっさにたくし上げたワンピースの裾を放し、深亜はため息をつくと足もとに手を伸ばし、サンダルのストラップを外した。一度濡れてしまったら、気を遣ってもしょうがない。
 片手の指にサンダルを引っかけ、深亜は裸足のまま濡れた砂浜の上を歩き始めた。裸足で外を歩くのは何歳以来のことだろうか。足裏で感じるきめ細かな砂の踏み心地など、深亜はとうに忘れていた。

「深亜」

 不意に呼ばれた名前に、深亜は横髪を押さえながら徐に振り返る。こちらに向かって歩いてくる千歳の姿があった。
 肩に掛けただけのようにパーカーをゆるく羽織り、濡れた髪はハーフアップにしているらしく、いつもより大分すっきりとして見える。悠々と追いついてきた千歳を見上げ、深亜はふっと目を細めた。

「いつもそういう髪型してればいいのに」
「こんくらいまとめるんにも、濡れとらんとうまくいかんけん。てか、いつもん髪型はなんか問題あっと?」
「ただの印象の問題」

 くすりと笑って、深亜はふたたび岩場の方へ歩き出した。一拍置き、隣に並びついた千歳が「どこ行くと?」と訊ねてくる。

「岩場のとこまで行ったら、引き返そうと思ってる」
「あっちは波の荒かけん、危なかよ」
「別に海に入るわけじゃないけど」
「そっでも、危なかこつには変わらんばい」
「近づきすぎなければいいんでしょう?」
「そぎゃんこつ――ちぃと深亜止まりなっせっ」
「きゃ……っ?」

 千歳の言い分に構わず進んで行こうとする深亜に焦れたのか、相手は実力行使に出た。
 いきなり襲った浮遊感に深亜は短く悲鳴を上げ、気づけば千歳に横抱きにされた格好に固まった。そのまま平然と歩いていく千歳の腕の中で、深亜は慌てて抵抗を示す。

「やっ、おろしてっ」
「面倒だけん、もうこんまま深亜らの部屋まで持ってったる」
「!?」

 砂浜を横切る大きな足跡は、まっすぐ草むらの中へと向かっていた。

戻る
誤字脱字、不具合等お気軽にお報せください
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -