海に向かって駆けていくつぐみと彩夏のはしゃいだ様子に、深亜はつい口許をほころばせた。波打ち際で彩夏が海水を蹴り上げ、跳ねた水飛沫が太陽の光を反射し、キラキラと落ちていく。
照りつける陽射しに深亜は目を細め、日陰となっているパラソルのもとへ向かった。樺地が黙々と準備しているスペース内には、早速と氷帝の面々が陣取っている。わざわざ持ち込んでいたのか、邪魔なほど無駄に上等なビーチチェアは、当然と言おうか跡部の物だ。
まだあるじ不在の席を一瞥し、深亜は「狭くないですか?」とそこにいる彼らに問い掛けた。
「蹴り出したいのはやまやまやけど、俺らは間借りしとる立場やしなぁ」
「ひとり掛けのくせにどんだけスペース取ってんだよ。くそくそ跡部めっ」
おどけた風に肩を竦める忍足の横で、苛立った様子の向日が砂をチェアの足に蹴りかけている。
勢い余って座席部分に砂が乗ったのか、きちんと払い除けている樺地にあるじ想いの子だとため息にも似た息をつき、深亜は空いているスペースに腰を下ろした。早々に寝入っていた芥川が、自分の横に座った気配に気づき「ん……」と声をこぼす。
「……あれ〜? 安藤さん、水着に着替えねえの?」
「そもそもわたし、水着持ってきてないから」
「海に来んのに?」
「この炎天下で、わたしが長く動けると思う?」
「ムリそー」
即答する芥川に「でしょう」と深亜は吐息混じりに応えた。このサバイバル中にも、暑さに何度ふらついたか。数えるのも嫌になる。まだ倒れて迷惑を掛けていないことが、せめてもの救いだ。
「おいテメェら、なに日陰に逃げ込んでやがる」
「……王様のお出ましや」
そこへようやく現れた跡部に、忍足がぼそっと茶々を入れる。
「自分かて、こない立派な基地作っとるやん」
「そうだぜっ、こんなイスまで持ってきてるしよ」
「あ〜ん? ごちゃごちゃうるせえんだよ、いいから来い」
渋々と立ち上がった面々の陰にそっと身を潜ませ、深亜はふたたび微睡み始めた芥川の肩を揺すった。
「芥川、会長の招集が掛かってる」
「ん〜……?」
上半身を起こしたまではよかったが、そこから動く気配を見せなかった芥川は、結局向日と宍戸に引きずられていった。
しょうがない奴、という目で深亜はそれを見送り、自分しかいなくなった広いスペースに目を向ける。衝動的に寝転んでみたくなったが、さすがに人目がありすぎる外でそんな真似はできない。
深亜はサンダルを脱ぎ、砂浜に出していた脚をシートの上で伸ばした。深亜のできる精々が、これくらいだ。
「なまっちろい脚じゃの」
唐突に後ろから掛けられた声に、まさか人がいるとは露ほども思っていなかった深亜は大げさに身体をびくつかせた。ぎこちない動きで振り返れば、気配もなく背後に座り込んでいたのは、氷帝の誰かではなかった。
「……仁王くん?」
気怠げな雰囲気をまとった仁王は、断りの言葉もなくしれっとスペース内に上がり込んでいた。仁王とは互いに見知った仲ではあるが、特にこれといった接点があるでもなく、親しい間柄というわけでもない。
「なにか、御用ですか?」
「なんも。この場所に用があるだけじゃ」
「……ああ」
つまり、彼も日陰を求め避難してきたクチらしい。
深亜は顔を前に戻し、それとなく自分の脚へ視線を落とした。
「色の白さは、いい勝負だと思いますけど」
「お前さんは加えて細っこいけぇ、ハナから勝負になっとらん」
「人が気にしていることを容赦なく衝きますね」
「涼しい顔のまんまでよう言うのう」
「ほれ」とその声と同時に後ろから伸ばされた仁王の腕が、視界の端に入った。
「見てみんしゃい。お前さんの腕と、ひと回りかふた回りは違うぜよ。しっかし本気でほっそいのう、お前さん」
ぽっきりいきそう、と呟いた仁王の腕に、比べるように深亜も自分の腕を伸ばし添わせた。
「同じくらい細い子なら、氷帝にもいます」
「そんなん少数じゃろ。つーかなに? なんでお前さん、そんな肌冷たいん?」
「昔からこうなので。熱がこもりにくい性質(たち)みたいです」
「すっげ。人間カイロならぬ人間冷えピタじゃな」
「冷えピタって……」
「なあ、夏の間だけ、立海(うち)に貸し出されん?」
「……そういう話は、跡部の方へどうぞ」
「ははっ、お前さんの意思はいらんのかい」
仁王、ごめん。
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