いくら鈍感でも 彼氏にフられた。理由は『プロポーズのためにお菓子に仕込んだ指輪をわたしが気づかず食べてしまったから』。プロポーズまで決行する覚悟ならその程度のことで諦めるなよとか、流石のわたしも指輪を気づかず呑み込むなんてことしないわそもそも入ってなかったんじゃねえのとか、色々思ったけれど聞いてはくれなかった。ただ青ざめた顔で俯いて、最後まで視線のひとつも合わせてくれなかった。まあ、そこまで言うなら仕方ない。本当に縁がなかったってことだろう。さよなら、次は一口500回くらい噛むような女の子と付き合いなよ。 「ってワケでー、今からわたしのだいすきなティラミスをつくろうとおもいます!」 「お前が持ってんのは大根とインク壺だぞ、ナマエ」 「ええ?なにいってんすかモンドールさま」 わたしは飲んだ。飲んで飲んで飲んで飲んだ。酔わないともうなんにもできなかった。縁がなかったなんて割り切れるほどわたしは情のない女ではない。悲しいに決まっている、悲しいっていうか、なんかもう、何?やるせない。バカみたいに飲んで潰れていれば、もしかしたら彼氏が助けに来てくれるかもしれないなんてくだらないことも考えた。そんなわけないのに。それどころか、職場の近くで飲んでいたせいで上司のチーズ大臣と居合わせてしまい、わたしはこれ以上店に迷惑をかける前にと職場まで連行されていた。本当にどうしようもないな。 「ティラミス…ティラミス…ハッ!ねえチーズ大臣、ティラミスに仕込んだ指輪を気づかず呑み込むなんてことあるとおもいますぅ?」 「まず無いだろうな、今のお前くらい酔っぱらってでもない限り。いいだろ、そんな男のことなんて忘れちまえ」 「そうもいかねーんですよ!好きだったんだから!…好きだったんだから…」 「ならなおのこと早く忘れろ」 大臣の書斎でとんだ痴態を晒している自覚はあるのだが、酒も手伝ってまったく冷静になれない。この大根どっから来たんだろう?まあいい、今からわたしこれでティラミス作るから!そんで小石かなんか入れて、本当に気づかず呑み込んだのかやってみる。本当に美味しいティラミスだったら夢中で食べて気づかないかもしれない。 「うだつの上がらないカフェ店員なんかとっとと忘れて、おれの部下として昇進を目指せよ」 「モンドールさま優しい!でもそうもいかないじゃないですか…あれ?わたし彼氏の話しましたっけ」 「………ああ、話してたぞ」 「そうかぁ。そうですよ、大臣なんかとはくらべもの…くら…くらべ…うっ」 「吐くならそっちのバケツにしろよ」 ああ、大臣なのに優しい。こんな一部下の愚痴を聞いてくれるしバケツは用意してくれるし。わたしは大根を抱いて泣いたり喚いたりしているだけだが、大臣は今も何か書類を書いたりと仕事をしている。申し訳ない。でも家に帰すでも客間に転がすでもなくわざわざ書斎へ連れてきてくれたのだから、ちょっとは話を聞いてくれるつもりでいたはずだ。 「モンドールさまはいいですよねぇ、プロポーズ失敗なんてことありえない…あ、そもそもプロポーズ自体ないのか…」 「…そのかわり、好いた女と添い遂げることも出来ないがな」 「はは、どこかのお姫さまと結婚するんでしょ?いいじゃないですかあ」 あー、わたしもどこかのお姫様だったら、あんな理由でフられたりはしないのだろうな。いやいや大臣直属の部下ってめっちゃ良い立場よ?あ、それがダメなんだろうか。バカな女のほうがいいのか。あー!飲んでないとやってらんない! 「大体、美味しいお菓子に異物混入なんかしてんじゃねえよってはなしですよね!」 「おう、そうだな」 「そんなこと頼まれるパティシエの身にもなってみろよってはなしですよね!」 「おう」 素っ気無いがいちいちちゃんと相槌を返してくれるのがうれしくて、わたしは立ち上がって大臣のそばへ歩いていった。普段は絶対にしないことだが、お酒の力で気が大きくなっていた。だってモンドール様が連れてきたんだもん。酔っ払いだって分かってたはずだ。酔っ払いはなんでもする。だって酔ってるから。手始めに大臣の手元を覗き込んだが、別に追い払われたりはしなかった。うわ、明細だ。そう、こないだ本が崩れて…ああ、やめやめ。仕事のことも酔っ払いは考えないのだ!気を取り直して、背後に積まれた本棚に向き直る。ここには大臣が能力で何かを閉じ込めた本も、普通の本も大量にある。女王のコレクションはここにはないけど、それでも数えきれないくらいの本があって、それが全て大臣の号令で動くんだから驚きだよね。端から背表紙を指でなぞっていく。几帳面な大臣がちょくちょく掃除をするのでホコリひとつない。ああ、わたしもこれだけ几帳面だったらな…几帳面じゃなくても指輪くらい気づくか。と、大臣の真後ろくらいに、まだ新しい本を見つけた。背表紙にはナマエ、とだけ書いてある。わたしと同じ名前の本だ。嬉しくて開いてみたけど中は真っ白だった。ちぇ! 「大臣大臣、これはなんの本だったんですか?なかみが逃げ出しちゃったみたいです」 「あ?…あー」 大臣はわたしの手から本を受け取り、そのまま本棚に仕舞ってしまった。ちぇ!男ってのはみんなこう人の話を聞かないものなのか?しかし相手は大臣、書斎に触っちゃいけないものもあるだろうと思い直して、わたしは大根をティラミスに変える作業に戻った。翌朝目が覚めるまで酔いは一切抜けなかったので、その晩一連のやり取りについて何を思うこともなかった。 (「おはようございます大臣、辞表出してもいいですか?」) (「ダメだ」) |