ホール・ワープ・ホール

「ばかな」
何を言っているか分からないと思うがわたしにも分からないとはこのことだ。家に帰ると、自室の壁に穴が開いていた。この時点で分からないよな?でも開いてた。隣は空き部屋だ。もしかして、変な人が入り込んで何かしたんだろうか。まったく滑らかな円を描く穴から、そっと向こうを窺うが、暗くてよく分からない。人の気配もない。何かあったらすぐ通報しようと思いながらスマホを持ち、穴の向こうをそっと照らす。何かあるがよく見えない。誰かが居る様子はない。ちょっとだけなら、と思って頭を入れてみる。片付け下手が祟りなんらかのチラシを踏んだ。滑って思い切り穴に突っ込んだ。そして目を開けると、そこは森だった。
は?????

わたしの上半身は木のうろからにょきっと生えている。下半身はタンスらしきものにぶつかるので部屋にいるらしい。意味が分からなくて泣けてくる。もっと泣ける話をすると、前にも後ろにも進めない。完全に下腹がつっかえていますお疲れ様でした。こんな死に方は本当に嫌だ。ていうか本当に泣きたいのに目の前がファンシーな森という異常事態すぎて泣いていいのかもよく分からない。花とか木が歌ってる。もしかしてわたし死んだ?こんな天国は嫌だ:上半身だけ突入。

「お前、何をしている」

人間!喜んで顔を上げたが全然人間じゃなかった。かろうじて足だなあということは分かったが、顔を上げてかろうじて足が認識できるようなものは人間ではない。

「きょ…巨人まで出てきた…」

これは、自分の知らない間に薬をキメてしまった可能性があるな。実は穴から全て薬で見ている幻覚なのかもしれない。わたしのイメージの中の巨人ってこんなクソファンキーな恰好してんの?もっと素朴な生き物だと思っていたよ。

「…おれは巨人じゃねえ」
「いやー十分巨人だよー…もうダメだ。幻聴と会話が成り立ってしまっている」
「なんだって?」

ずい、と目の前に寄せられる顔。うわっ目力つよっ。あとお腹出してるくせにマフラーの壁が厚くてワロ。こちらにのびてくる手もばかでかい。どう見ても死。死にざま間抜けすぎんか?

「能力者か?こんなところで何をしているのかときいている」
「そんなもんわたしが知りたいわ」
「そのフザケた恰好をどうにかしろ」
「出られるもんなら出てるんです、けど、ねっ!ふんっ!あいたたたた」

全然びくともしない。出れないし戻れない。せめて腕が向こうにあれば…肩がすごい邪魔!

「肩なくなんねえかな!」
「……間抜けだな」
「ホントだよ」

ダメだ。ひとまず諦めて作戦を練ることにする。巨人はわたしの目の前にあぐらをかいて座った。わたしの醜態を見物するらしい。見世物じゃねえんだぞ!クツクツなんか鳴ってるのは、巨人が笑っているんだろうか。マフラーで見えないのでただの幻聴の可能性もある。巨人が笑っててもどっちみち幻聴なんだけど。

「おい」
「はいはいなんでしょう?わたし今真面目に肩を外す方法を考えてるの」
「…その木、折ってやろうか」
「は?やめろよこの向こうは賃貸なんだぞ」

あとたぶん幻覚が幻覚をぶちのめしても新たな幻覚が現れるだけだと思うので却下。でも助けてくれようとしたらしいので、何か言いたげな巨人にすまんなありがとうと言っておいた。お礼はちゃんと言わないとね。あ、上体をちょっと浮かせたらいけるかもしれない?巨人をちょいちょいと手招いて、近づいてきたそのマフラーを思い切り掴む。掴めた。幻覚って触覚まであるみたいに感じるんだね!巨人がものすごく目を見開いて、ほどけたマフラーの隙間から口がのぞく。

「テメェ…!」
「ファンキー巨人の上に個性派イケメンってキャラ盛りすぎじゃない?」
「この口を見られたからには…!」
「大きい口ってウインナーとか一口で食べられそう。いいね、肉汁を逃すのは惜しいもんな」
「何の話をしてる!」

みょーん、と何かが顔面めがけて飛んできた。すごい間抜けな効果音つけちゃったけど結構なスピードだった。べぢいっ、てすっごい音したし面もちゃんと痛かった。

「あ」

衝撃で、体がすぽんと抜けたようだ。わたしは部屋に居た。鼻血が出ている。寝惚けたかなにかで顔を強打したということなのかもしれない。とりあえず病院行くわ。



病院に行ったが鼻血の処理をされただけで、脳にもどこにも異常はなかった。薬の気配もなかった。幻聴幻覚は夢じゃないのかで通されたのでそういうことにした。
が、家に帰るとやっぱり壁に穴が開いている。
やはり向こうは見えないので、今度は足元に十分スペースを作って、ゆっくり顔を入れてみた。

「お」
「…!」

やたらとベタベタすると思ったら、私が手を置いているのは砂糖のたっぷりかかったドーナツだった。今わたしはばかでかいドーナツの穴から顔を出している。だからなんでこんなファンシーなの?



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