慈愛とおなじ残酷
「ソレ」は、彼が居ない時にばかり私の心にやって来る。私には、一真くんしか居ないのに。一真くんに突き放されたら、私は、私の意味は……
そんな、巷では"嫉妬"という言葉で片付けられがちな感情に支配され、自分でもブレーキが効かなくなる。一真くんはだれかの"もの"なんかじゃないのに。一真くんは一真くんの、世界があるのに。だけれどその世界に、わたしの存在が大きく在ってくれたらいいのに。
自分でも理解ができない思考なのに、どうやってもストップがかからない。頭にかかるモヤモヤとした薄い灰色の霧は、次第に黒く、濃く成っていく。ちくちくとする胸の痛みが、平常に戻ろうとする私の思考を阻む。
「私だけを見ていて」なんて、そんなこと無理に決まっているのに。
「只今」
すぐ後ろで、一真くんの声がした。もう、そんな時間だったのかと気付くのと同時に、私は私を恨んだ。何故、こんな感情を連れて来てしまったの。今だけは来ないでほしかったのに。一真くんに、こんな穢くて狡い私を見られたくなかった。私が中々返事をしない事に疑問を持った一真くんは、「名前?」と問い掛けながらそっと近付く。一真くんの足音が、近くなっていく。やめて、来ないで。違う、来て。私の事を考えて。
一真くんは、私が返事をしなかったのではなく、出来なかったのだと悟ったらしい。私の両の眼から、絶えず雫が墜ちている様子に、一瞬驚きの表情を浮かべた。一時の間の後、優しく私を抱き締めた。一真くんの胸は、体温が低い私からすればとても暖かかった。すこしだけ、私のなかの霧が薄くなるような気がした。
一真くんは何も言わなかった。まるで「貴女が言えるまでこうしている」と、そう語りかけているような感覚がした。そんなの、出来る訳が無いのに。嘘、すべてを言ってしまえば、一真くんは私の事を考えてくれる。きっと、一真くんの世界を、私で一杯に出来る。
どれくらいの時間が経ったのかは分からない。けれど、夕日はとっくに私たちの前から姿を消していた。そして、私じゃない私は、口を開いた。
「寂しい」と、「一真くんしか考えられなくて苦しい」と、「貴方も同じで居てほしい」。なんで、どうして言ってしまったの。こんな感情、棄ててしまえたらいいのに。駄目、一真くんにだけは、知られたくなかったのに。ゴチャゴチャになった脳内で、ひとつハッキリと分かるのは、私は私を制御できない所まで来ていた事だった。
一真くんはとても優しかった。震える声でこんなことを言う私を、ずっと抱き締めてくれていた。私がもうこれ以上何も言わないと判断すると、そっと私ごと畳の上に転がった。いや、これは、私を抱き締めたまま押し倒したのかと後から理解した。そして、直感で、これから私は抱かれるのか、という事も察した。この感情を打ち消したい私は、一真くんの首に手を回し、「痛くして」と言った。こころの痛みを、からだの痛みで相殺してほしかった。
「やっと堕ちてくれたのか」と言う、慈しみに溢れた優しい声は、私には聴こえなかった。