患部に毒をぬる

五条×夢主(ネームレス)
振られた後のバーで出会ったのは綺麗な男の人 1100文字程度



 一瞬でもあの光景を忘れられるのなら、何処でもいい。そう思って、フラれた傷を癒す為に来たバーでは、いつの間にかもう退店を勧められる時間になってしまっていた。
 窓辺から見える街は、ネオンに照らされていても、本来の夜の姿はもう真っ暗だ。時計が読めないくらいには、全身にアルコールがまわっている。帰らなくちゃ。ぐらぐらと揺れる頭を動かして、「マスター、居座ってごめんなさい」と声をかける。そのまま脚に力を入れて席を立った、筈だった。
 
 遠慮なく引かれた腕によって、立ったはずの私の脚はすぐさま休息する羽目になっていた。呑み続けていた席に再び座らされていたことに気づくのは、それから数秒後。
 綺麗な顔の人だな。
 ぐるぐる回る思考と視界のなかでも、それだけは理解できた。彫刻みたいに綺麗≠ネんていうありふれた褒め言葉が、御世辞でもなんでもなく、本来の意味でぴったりだと思った。
「ねえ、オネーサン。一回遊んでみるのも良いんじゃない?」
「うん……?」
 いつの間にか、わたしの飲み干したグラスは、彼の大きな手の中に居た。ソレは撫でるように揺らされて、溶けかけのアイスはカランと心地良い音を鳴らす。その音は、心地良い警報だった。
「男っつーのは、結局セックス出来れば誰でもいいんだよ。思ったよりもガード硬くてヤれないから、さっさと捨てられちゃったんでしょ」
「やさしかったん、だもん」
「下心だよ。全部ね」
「うそ、だぁ……だって、あんなに、」
「ホント。だって、結局別れたんでしょ」
 その言葉をきっかけに、ぽろ、と涙が、場所を失って溢れてくる。それを慣れた手付きで拭う彼は、甘美な低い声色でわたしを魅了しにかかった。
「ね。なんもかんも忘れて、きもちいコトだけしようよ。ソイツの事なんて一瞬も考えられなくしたげる」
 わるいひとに捕まってしまった。そう思っていただろう、いつもの私だったら。
 今のわたしは、ただただ何かに縋りたい可哀想な女だった。
 
 ◇
 
 気付いたら、近くのホテルに連れ込まれていた。こんな所に入るのは人生で初めてだったのに、嫌悪感がまるで無い。さっき出会ったばっかりなのに、恋人みたいに甘ったるいキスも、指ひとつひとつ絡められた大きな手も、彼の体温から伝わるすべてがきもちいい。快感は勿論、でもそれだけじゃない。「僕の事を知って」と言わんばかりの、それでいて「お前の事を教えて」と強請るような、やさしい手だった。ぼんやりとした意識の中で、私を覆い隠すような体勢の彼の、「わるいな、横取りしちゃって。ずっと欲しかったんだ」という言葉の意味だけがよくわからなくて、そのまま快楽に身を任せた。




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