寒がりの心臓

高専五条×高専の先輩
五条の誕生日を祝う 3100文字程度



「名前せーんぱいっ」
 任務終わりで一旦高専に、と戻った直後。砂利を踏む音とは確実に違う、耳に馴染むクソ生意気で媚びまくった声色に、足を止めた。はあと溜息を突きつつ、声のした方向へ振り向けば、ぷに、と骨張った指が自分の頬に刺さる。
「は? マジでこんなのに引っ掛かるのかよ、警戒心無さすぎじゃん」
 よく生きて帰って来たねー、と続いたクソムカつく台詞はさておき、私の頬に突き刺さった指を退かそうともしない五条の指を勢いよく掴んで剥がした。一二月だからなのか異様に冷たくて、幸い爪が長くないからか、刺さった瞬間の痛みはなかったが、コイツの指の圧力が微妙に……ほんの少し、強かったから更にイラついた。そのまま私の頬を抉る気か?
 だがそれよりも気になったのは、五条の私に対する呼び方≠セ。
 
「何なんだ? 何時もは先輩なんて言わない癖に。生意気後輩」
「えー? 今日は何の日か知らないのぉ?」
「…………」
「知ってるけど言いたくない、みたいな顔すんなよ。俺、すんごい悲しくなっちゃったなー」
 
 顔を背けて、嘘泣きの仕草。さらにムカつくことに、コイツは顔が整っているので、こんなアホみたいな仕草すらも可愛い分類に入るのだ。
 六眼に無下限呪術、更には身長と美しい顔面。産まれ持ったモノのなんと多いことか。
 何だかんだ仲が良くて、手が掛かるが可愛い後輩だから(多少イラつく事があるのは否定できない)、母性のような感情を感じてしまうのは余計かもしれないけれど。
 
「ね、名前センパイ。俺になんか言うことなーい?」
「こんな時だけ先輩呼びする調子の良いクソガキ後輩に言うことなんか御座いませんが?」
 募った憤りを隠さずに吐き捨てるように告げれば、いつの間にか距離が近づいていた五条に「なんでそんなに怒んの? 生理? それともヒスか?」とこれまたムカつく言葉を添えて、高身長特有の目線で見下される。
 
「ホントに今日、何の日か知らないの?」
 
 知っている。五条の誕生日、だ。
 こんなに人をイラつかせる天才でも、なんだかんだ友人なのだ。忘れるわけがない。
 こないだなんて廊下で色んな人に言いふらしまくってたし。
 なんなら、こっそりプレゼントも用意してあるくらいには、こんな後輩でも可愛いとは思っている。
 だけど、普通に渡したら面白くないじゃないかと思っただけだ。
 多分、それだけ。
 いつもの仕返し……などでは無い、多分。
 
 唇を尖らせて拗ねる男を、ちらと見上げる。それは本気で拗ねている顔で、眉間がこれでもかとシワが寄っていた。少しやり過ぎたかな、という思考がちらついた。
 
 
 
 ふう、と一つ呼吸を整えてから、五条の腕を遠慮なく引っ張り、五条の「ぅお!?」と素でビビる声も知らぬフリをして、五条の片耳との距離を狭めた。そのまま一息に告げようと、口を開いた。
 
「五条。誕生日、おめでと」
「っえ」
 少しだけ恥ずかしさが増して、耳元で呟いた言葉は自分が思ったよりも声量が無かった。ちゃんと聴こえただろうか。
「ちゃんと、覚えてるから。意地悪してごめん。お前が産まれてきてくれて、私は嬉しいよ」
 
 
 
 誕生日は特別な日だ。
 普通の家の普通の子供だったら、多分家族やら友人やらにちやほやされて甘やかされる日なんだろうな、と思う。
 だがコイツはちょっと特殊で、家は堅苦しい名家だし、誕生日なんてもっと堅苦しい行事があるからホント嫌、と前にそう溢したことがあるのを私はしっかりと覚えていた。
 だから、今日くらいは。せめて友人として普通に%`えてやらなきゃなと思った。行動理由なんて、そんなもんだった。
 
 
 
 無理やり引っ張ったから、五条に変な体勢を取らせてしまった。もう戻って良いよと背中をぽんぽん叩いて五条の顔に目をやる。
 ……見て、驚いた。白い肌がこれでもかと真っ赤で、宝石みたいなアイスブルーの両の眼を見開いたまま、綺麗に固まっている。オーバーヒートというのはこういう事なのかもしれない。
 いつもだったらこんな姿、見せるわけ無い。コイツの性格からして、こういう顔は余計に隠したがるはずなのに、感情と行動が追い付いてないのか。
 不覚にもその姿が愛おしくて、自分の胸の内にあまい電流がぴり、と走った。はあと溜息をついて、真白の頭を撫でてやる。こんな可愛い姿が見れるんなら、たまには素直になってやってもいいなと考えつつ、見た目よりも柔い髪を撫で続けた。
 そのまま、突然動き出した五条に驚く暇もなく、自分とは全然違う、筋肉質な胸に抱き締められた。恋人同士のような甘ったるいヤツではなく、まさしく絞められている≠ニ表現した方が正しいかもしれない。遠慮なく腰に回された五条の両腕が、結構……嘘、かなり痛い。
 
「びっ…………くりした……な、なに? どうした?」
「コッチの台詞なんだけど。なんなんだよ、もう……ズルくねえ?」
「わ、五条、心音うるさいよ」
「もー、バカ名前! 分かってるっつーの、わざわざ言うな! バァカ!」
 五条の顔は見えないし、目の前が丁度心臓の辺りだから、思ったことを言っただけなのに、怒鳴られてしまった。バカって二回も言われたし。
 でも、常時有り余ってるあのちゃらけたような元気さは無く、照れ隠しなんだろうなと察しているからか、今のわたしの感情は平穏で、緩やかに楽しささえ生まれている。
 
 
 大分五条が落ち着いたのか、先程より幾分か緩くなった拘束に気づいて、自分の両腕を五条の背中に回してやる。
「ちゃんとプレゼントも買ってあるから。……似合うかはわかんないけど。あとで私の教室寄って」
「……ウン」
「誕生日のメンドクサイ行事はもう終わったの? それともこれから?」
「ん、終わったばっか。今高専来たトコ」
 なるほど、時間帯的にも結構な長さだったんだろう。疲れたんだろうな。だからこんなに甘えたになってるのか、と一人で納得した。
 
「ね、名前」
「ん? 何? ていうかセンパイ呼び、止めるの早いな」
「俺、誕生日だから。カワイー後輩のカワイーお願い、聞いて」
 ぐり、と首もとに五条の緻密で繊細な睫毛が寄って来る。なんだか、散歩に連れていって欲しいとすり寄る犬みたいだな。そう芽生えた感想は口に出さずに、なに? と聞いてやる。
 
「……今だけで良いから、俺の名前、呼んで」
「え。そんなんでいいの?」
「いいの。色々、持たないノデ」
 持たない、の意味がよくわからないが、今さら五条の事を名前呼びするには少し、照れがあった。けれどまあ、今日、コイツ誕生日だし。そう思って、きゅっと閉じた唇を再び開く。
「さとる」
「……っ……あ゛〜〜〜……」
 こんなんでいいの? と、私の首もとで変な声を出す男に尋ねる。少し間が空いて、ちいさく「もっかい」と返ってきた。欲張りだなあ。
「……さとる」
「ん!」
「いや、突然元気だな」
「サトルくん、元気復活!」
 腰に回されていた手がパッと離れて、私の身体は晴れて自由の身となった。それがなんだか寂しく感じたのは、人間の体温の温さを知ってしまったからかもしれない。
 
 早速教室に置いてあるプレゼントを渡そうと思って、玄関に向かう足を進める。さっきよりも二人ぶん、砂利を踏む音が増えた。
「……突然寒い」
「あ。俺あったかかったでしょ、またする?」
「え。いいの?」
「エ」
 瞬きを数回して此方を見る五条は、さっきみたいな顔で。
 思わず口許が緩んでしまった。
「いや、本当に温かった。湯たんぽになって欲しいくらい」
「エ?」
「何、してくれるんじゃないの?」
「や……そうじゃなくて……逆にいいの?」
「はあ? するって言ったの五条でしょ」
 何言ってんの、と呟く。それをしっかり拾われて、「オマエ、ほんっと警戒心無さすぎなんだけど」という馬鹿にされた返事と、白くて熱い溜息が返ってきた。




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