ST!×1.5 | ナノ


 池袋駅前


「なんなのよあの男。確認するなら自分で電話なり何なりすればいいじゃない、私のことを一体なんだと思ってるのかしら」
「……本当にすみません」


 駅前にやって来ると波江さんがひどくお冠の様子で待ち構えていた。
 でも腕を組んで苛々とヒールを鳴らしている姿が凄く絵になっていたと言ったら、絶対零度の視線で射抜かれるので言わないでおこう。
 加えて言うなら先ほどから折原さんへの鬱憤を聞かされ続けているのだけれど、これいつまで続きますか。
 私も原因なので大人しく聞いている反面、恰好と周囲の熱によって視界がクラクラしてきている。

 ……駄目だ、限界だ。さすがに自己申告しよう。


「波江さん、あの、続きは喫茶店にでも入ってから、話してもらえませんか」
「どうして私があなたとお茶なんてしなくちゃいけないのよ」


 その言葉の芯まで冷たい波江さんの声が、痛いやら涼しいやら。
 でもここまで素直な反応だと、逆に好感を抱いてしまうのは何故だろう。
 多分、弟さん以外には大抵こういう対応だから、そのオープンな露骨さが好きなのかもしれない。 

 
「いや、だって、外じゃ暑いですから」
「あなたと新宿で別れてから、一人でどこへなり涼みに行くわよ」
「……そうですか」


 ツンドラという言葉がここまで似合う人も初めて見た。
 なんというか、私も人並みかそれ以上に嫌われている気がする。

 とりあえずもう暑さも限界、波江さんの折原さん文句も終わったようなので、この辺りでお暇しようか。


「それなら、もうこの辺りでお別れした方が……」
「そうしたいのは山々だけど、帰るまでに倒れられても困るのよ」


 そう眉をひそめながら冷たく言い放った波江さん。
 ああ、ということはつまり……。


「お茶休憩には付き合ってもらえるんですね」
「ここまで来てあの男に絡まれるようなミスはしたくないもの」


 そういって無言で歩き始めた波江さんに、素直にありがたいとついて歩き始める。
 うん、でもこれ多分、買い物には付き合ってもらえないな。そんなことを切り出す勇気はない。
 もう熱中症で倒れなければそれでいいかもしれないと、額に流れる汗を拭いながら思う。

 とにかくわがままは言わず、折原さんが帰ってきてから本人に同行してもらおう。
 忙しいのになぜか申告するとついてきてくれるのがあの人だ。

 本当になんなんだろうと思いながら波江さんの後について歩いていると、不意に「野崎!」と数十分前に聞いた声が聞こえた。

 思わず固まる私、怪訝そうに振り返る波江さん。

 ……あれ、さっき別れませんでしたっけ?

 暑さとは違う汗が伝うのを感じつつ、ギギギとぎこちなく振り返った。
 案の定そこにいたのは平和島さん。なぜだ。


「どうか、しましたか」


 早足でやってきたその人に、言葉に詰まりながらなんとか尋ねる。
 するとその人は「何度も悪い」と言いながら、別段変わった様子もなく、平然とこう言った。


「お前、遊園地とか興味あるか?」
「……ゆうえんち、ですか」


 あれ、ゆうえんちってなんだっけ、と一瞬とぼけた疑問が浮かんでしまった。
 いや遊園地だと思うけど。それ以外のゆうえんちなんて聞いたことないけど。

 なんでこの人から、こんなに唐突にそんなワードが……。


「なんつーか、その、何度か臨也の野郎をぶちのめす時に巻き込んじまったろ。下手したらアイツの代わりに怪我させてたかもしんねぇし、その詫びだ」


 どことなく申し訳なさそうに言う平和島さんに、私はほぼ反射的に「いえいえいえいえっ」と両手を振った。


「そんな悪いです、結局私無傷ですからっ」
「それはそうだけどよ、怪我させてたら俺が悪いだろ。それとも遊園地なんて趣味じゃねぇか?」
「遊ぶのは好きですが、その……私お金ありませんしっ」


 なぜだか必死で断る理由を探していた。実際にはそれほどお金に困っていない、貯蓄も収入もバッチリだから。
 でも、なんだか、あっさりと頷けない。しかも、頭ガンガンしてきた。

 本格的に熱中症なんじゃないかと思い始めたとき、平和島さんが「いや、詫びなんだから金出させるわけねぇだろ」と、不思議そうに言った。


「職場の先輩からチケット二枚もらったんだけどよ。そんなとこ行くような相手いねぇから、お前がいかねぇなら先輩に突っ返すことになっちまう」
「……ええと」


 もらったものを突き返すなんて、確かに悪い。
 しかもそれが職場の先輩ともなれば、上下関係に若干のヒビが生じるかもしれない。
 どうしよう。これってむしろ断ったほうが迷惑?いやでも、私、そんなところに行けるの?折原さんに、言えるの?いえないよ。

 暑さと突然のハプニングに頭をクラクラさせながら、「えええと……」と少し噛んであることを思い出す。


「わ、私、明日以外当分遠出できないんです」


 折原さんが新宿にいるのに、そんなことをした日には何を言われることか。
 なぜか平和島さんが絡むと、いつも以上に会話の内容をゆがませる人なのだ。
 そう内心必死でそう言うと、平和島さんが「そうか」と頷いた。


「丁度、明日休みだわ」
「……そうですか」
「つーことは行けるんだな」
「行けますね」
「じゃあ、明日9時にいけふくろう前でいいよな」
「大丈夫です」
「あ。あとお前、下の名前なんだっけ?」
「ユウキです」
「そうか、悪い。今度は忘れねえから。じゃあな」
「さようなら」

 
 ……………………。

 あれ?


「いま、私はなにを……」
「……あなたバカなの?」


 そう心底呆れたような声に、私はハッと我に返った。
 気が付けば平和島さんは人ごみの向こう側。ということは、今のは夢ではない?

 って、いやいやそうじゃなくて。


「……波江さん」
「そんな顔しても無駄よ。バレたら私まであの男にごちゃごちゃ言われるじゃない。無断キャンセルしなさい」
「いや、多分、明日なら波江さんの責任は追及されないと思います。もとから新宿のマンションにこもる予定でしたから」


 それなら、私が勝手に行ったということにすればいい。波江さんが知らないうちに、というより、3か月前にもう約束していたことにすれば迷惑はかけない。
 そんなことを説明すると、波江さんは「それもそうね」とあっさり手のひらを返した。


「いいわ、行ってきなさい。アイツにはイラついてたところだから、腹いせに平和島静雄と存分にいちゃついてくるといいわ」
「い、いちゃつく予定は、ありませんっ」


 そうぶんぶん首を横に振って、「あらそう」と興味なさそうに相槌を打たれる。


「まあ、私から密告するようなことはしないから」
「ありがとうございます……」


 そう安堵しながらも、今から緊張やら戸惑いやら驚きやらもともとの暑さやらで視界をグラグラさせながら。


「あの、もうひとつ、お願いしていいですか」
「なによ」


 熱くて仕方がない頭を何とか動かして――。


「服選びに、付き合ってください」



 (クラクラのグラグラ)


「ど、どれが、いいんでしょう……」「これとこれとこれ、早くレジに持って行って」


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