ST!×1.5 | ナノ



「本当に家まで送って行かなくていいのか?」
「はい、少し寄りたい場所があるので」

 そう池袋の改札前で言葉を交わし、私は平和島さんとその場で別れた。
 最後にもう一度だけお礼を言って、「おう」という言葉をもらって、その人の背中を見送る。
 私はこれから新宿のマンションへ戻らなければいけないのだ。送ってもらうわけにはいかないだろう。

 そう、出て来たばかりの改札へ、もう一度身を投じた。

 そこから帰る道のりは何もなく、ただ今日動き続けたことへの疲れで瞼が重かった。
 そして使い続けている携帯だけはなぜか手放せなくて、握りしめたままマンションへと辿りつく。 

 ロックを解除し、エレベーターに乗り、外出したいつものように、住み慣れはじめた部屋の扉を開ける。

 中はしんとしていて、当然波江さんもそこにはいなかった。
 とにかく部屋の明かりをつけながら、明日渡すお土産をテーブルに置いて、いつもなら誰かのいるデスクへともたれかかる。

 そうして大きく息を吐いた瞬間、携帯の着信音が鳴り響いた。

 相手を確認して「はい」と通話ボタンを押し、耳に当てがう。

『妙に声が暗いけど、どうかした?』 

 すぐさま聞こえてきたその声は、笑みが混じっているのに何の温度も感じなかった。

「いえ、別に」
『ふうん? てっきり一人でいるのが寂しくなったのかと思ったよ。とりあえず元気?』
「……少し、疲れました」

 もたれていたデスクを背に、ずるずると床へ座り込む。

『疲れた、ねえ。どこか外出でもした?』
「たくさん、思い出して、疲れました」 

 膝を抱えて、何も見ないように目を伏せる。

『そう。それじゃあ、きみにとっての今日は良くない一日だったんだ』
「…………」
『思い出と重なることが沢山あったんだろうね。それはきみも辛いだろう』

 子どもを宥めるような口調で、その人は優しげに言う。

『他の誰がわかってなくても、俺はきみのことを知ってるよ。良いところも、きみにとって嫌なところも、汚いところだって知ってる』
「……私、いい奴なんかじゃないんです」
『ああ、知ってる』
「……人のことなんて、考えてません。いつもいつも、嘘ばかり」
『そうだね、きみは嘘吐きだ』
「ごめん、なさい、ごめんなさい……」

 どうしてこんなことが話せるだろう。
 この人以外に、どうして私のこんな言葉を聞かせられるだろう。

 声をかけられる、はずがないのに。

『別にそれでもいいんだよ。きみはそのままでいい。俺はそんなきみだから、こうして声をかけてるんだ。大丈夫、俺はちゃんとそこに帰るから』 
「……本当、に」
『帰るさ。俺は黙って、きみの前から消えたりしないからね。明日は波江さんといい子にしてるんだよ?』

 

 (あなただけが、知ってる私)



 気づかないと思った? 
15.02.26 ST!×1.5 end. To be continued…


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