ST!×1 | ナノ




「ユウキ、コーヒー汲んで」
「ちょっと待ってください」


 パタパタとスリッパをならせて折原臨也のもとに駆け寄る彼女を見て、波江は人知れず息をついた。

 折原臨也に雇われ、すでに2日。 
 もとから有能だった波江が仕事になれるには十分な時間だったが、雇い主である折原臨也とその同居人である野崎ユウキには一向に慣れる気がしない。

 慣れと言うより、むしろ理解できない。
 あの男を理解できる日が来ると思っているわけでもなければ、理解したいとも思っていないが、彼女との関係性については少しばかり気になっていた。

 付き合っているわけでもなければ身内というわけでもなさそうで、かといってただ雇い雇われている関係とも思えない。
 情報屋としての折原臨也は前々から知っているが、一般的に見て外見はともかく、内面を見れば同居なんて絶対にしたくないと思えるような男だ。
 どうしてそんな男とああも普通に暮らせているのか。波江には不可解で仕方がなかった。


「波江さんも、どうぞ」
「……ありがとう」


 そう互いに愛想なく会話を交わしつつ、波江は差し出されたマグカップを受け取った。
 

「いえいえ」


 愛想笑いの一つも浮かべない平坦な表情で彼女はそう言い、しばらく無言で波江を見つめて、部屋を出て行った。
 ……何なのかしら、あの子。


「可愛げのかけらもないよね、あの反応」


 そう言葉では言いながらも可笑しそうな笑みを浮かべ、閉じられた扉の方を見つめて臨也は言った。
 その言葉に波江は冷え切った声で「だとしても」と口を開く。


「無意味にニヤニヤ笑っている男よりマシだと思うわよ」
「ひどいなぁ。それ俺のこと?」
「あら、自覚はあったのね」


 パソコンの方へ目線を戻しながら、興味なさげに波江は返答した。
 事実波江には興味のないことだ。自分にも弟にも関わりのないことならば、この男はただの仕事先の上司に過ぎない。
 野崎ユウキに関しても同じようなものだ。


「でもさぁ、俺の前じゃ大抵無表情かしかめっ面だよ?一緒に生活してるこっちからすれば、少しくらい愛想を振りまいてほしいね」
「そう思うなら少しは嫌そうにしなさいよ」


 いつも通りの一貫とした笑みを浮かべている臨也に対し、思わずそう言葉を挟む。
 可愛げがない、愛想を振りまいてほしいという割に、この男は愉快気な瞳で彼女を眺めているばかりだ。そこに不快な色が見えたことなどない。


「別にそれはそれでいいんだよ。無表情でしかめっ面って、可愛げのないどうしようもない彼女だから、ここに置いてるわけだし」
「……あなたの趣味が最悪だってことだけはわかったわ」


 臨也に笑みを向けないユウキの気持ちは、なんとなく察せた。
 しかしそれならそれで、どうしてユウキもこんな男と一緒にいるのだろう、そう思っていたときだった。
 臨也の方から何かの落ちるような音が聞こえた。しかし、そちらへ視線を向けても何も落ちた様子はなかった。
 
 思わず、首を捻る。

 そんな波江に構わず、臨也は何故か右耳を押さえながら話を続けた。


「でも、それが年下とか親しい人間になると途端に無愛想もマシになる。これどう思う?」
「つまり、あなたは親しい人間じゃないのね」
「親しいを越えた仲だからさ」


 まるで冗談を言うような口調で話された最後の言葉を、波江は信じないことにした。
 

「それと、もの凄く不可解なことに、俺が唯一愛していない人間の前では面白いぐらい表情が変わるね」
「平和島静雄のことかしら」
「そ。ホント、なんでだろうねえ……それだけはやめてもらいたくてさぁ」
「…………」


 ここで『平和島静雄が好きだからかもしれないわね』と言えば、この男はどんな反応をするんだろう。
 少し見てみたいような気もしたが、あえて地雷を踏む様な真似はしたくないので、波江は無反応を貫くことにした。 
 
 それにしても、野崎ユウキもよく分からない。
 折原臨也と平然と同居をしながら、よく平和島静雄と接点をもとうなんて考えるものだ。
 そんなことを思ったところで、


「折原さん、ちょっといいですか」


 扉が勢いよく開かれ、その大きな動作には似合わない淡々とした表情のユウキが右手を握り締めて部屋へとはいってきた。
 今度は何なのかしら。


「ついさっき、私はちょっとした不注意で携帯電話を落としてしまいました」
「うん、それで?」


 落とした……?
 さっきの音は、それか。

 でも、それがどうしてあの男の方から……。


「そのとき、携帯の電池のカバーが外れてしまって」
「へえ、直せた?」


 無を徹底した表情でそう語る彼女の言葉には、波江でもわかるほどの怒気が含まれている。


「直せましたよ。でも、カバーの中からこんなものが」


 ずっと握られていた右手から、小さなスピーカーのようなものが出てくる。
   
 波江自身も見覚えのあるそれに呆れていると、いきなりユウキはそのスピーカーを床に投げつけた。
 次の瞬間、多少のタイムラグがあったものの、ほぼそれと同時に臨也の方からくぐもった衝撃音が聞こえる。

 臨也本人は、つい先ほどと同じように右耳を押さえていた。


「…………」
「安心して、仕掛けたのは昨日の夜だから」


 仕事場の女性二人から冷たい視線を注がれているにも関わらず、臨也は依然と笑っていた。
 どうやら、彼女の携帯に盗聴器のようなものが仕掛けられていたらしい。これではまるでストーカーだ。

 
「折原さん、前に『俺は君のストーカーなんかしてるほど暇じゃない』って言ってましたよね」
「そんなことも言ったかな」
「ストーカーをする暇はなくても、盗聴器をしかける暇はあるんですね」
「着信履歴を見る手間は省けるからね。あと、君が履歴を消す可能性もないとは言えないし」
「どうしてそこまで、あなたに干渉されないといけないんですかっ」
「だって俺は情報屋だよ?きみが外部に情報を持ち出さないとも限らないじゃないか」
「そんなことしたって、私には何の利益にもなりませんよ。私にそんな相手がいないのも、折原さんなら知っているでしょう」
「それもそうだ。でも、可愛い同棲相手がどうしてるのか気になってね」
「散々可愛げがないと言っておいて何言ってるんですか。あ、もしもし警察ですか。実は――」


 110番を押したらしいユウキは、無言で自分の携帯電話を取り上げ電源を切ったストーカー男に対し、臨也が言うところのしかめっ面を浮かべた。
 

「そんな顔しないでよ。たまには愛想振りまいて、媚びてみれば俺は言うことを聞くかもしれないよ?」
「……その言い方がすでに嫌です。それにどうせ折原さんは、私の言うことなんて聞いてくれません」
「よくわかってるね。でもほら、きみも顔は可愛いんだから少しは笑ってみたら?」


 そう言ってユウキの両頬に伸ばした両手は、咄嗟に頬を隠そうとした彼女自身よりも早くに頬をつまんだ。


「ッい、ぅッ!」
「アハハ、こっちの方が愛嬌があっていいね。かわいい、かわいい」
「――ッ!」


 痛みで頬を赤くしているユウキは、楽しそうに笑っている臨也の両腕を掴んで声なく唸っていた。
 その様子が飼い主に一切懐かない猫のようで、勝手にやっていればいいと波江は静かにため息をついた。


「やっぱり、来るところを間違えたかしら……」



 (始まったばかりの非日常。)



物語は幕を上げたばかり。 
10.04.05 ST!×1 end. To be continued…


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