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「あの、左手の感覚が、かなり麻痺してるんですけど」
「カッターを貫通させても大丈夫だったんだから、それぐらいどうってことないよ」


 本当になんでもないようにそう言う折原さんは、とても清々しい笑顔をしていた。
 対する私は心身ともに疲れきっていて、動かしている足が凄く重い。それでもなんとか歩きながら、私は折原さんの背中を睨みつけた。
 人の痛がる様子を見て、そんなに楽しかったか。

 この折原臨也という人は本当にドを何度つけても足りないドSらしく、
 傷に水がかかったり布が擦れて痛がる私を見て、始終ニヤニヤと笑っていた。
 だから、絶対にこの人と友人以上の関わりを持ちたくないと本気で思った。知り合いだけで十分、疲れる。 

 そんな地獄の洗浄が終わった後は、どこからともなく出された包帯(さっき買ってきたのかもしれないけど)を綺麗に巻いてくれた。
 そこだけは、ありがたいと思ってます。


「そろそろ日が沈むけど、結論はまだ?」


 思い出したようにそう言ったその人に、


「あと少しだけ、待ってください」


 はっきりと、口ごもることもなく私は言った。
 まだ、分からないのだ。あの子が友達だった私の裏切りで、死を選んだ理由が、分からない。何をどうしてそう思ったのか、分からない。
 分からないから、まだ死ねない。

 右手を握り締めて、私はそう思い考えた。


「なら、目的地で死ぬかどうか決めてよ。もう向かってるから」
「…………」


 折原さん曰く、良い場所らしいけど……それはきっと自殺するのに最適な場所という意味だろう。
 高層ビルの上、あたりが妥当なところか。ビルねえ……古傷抉られトラウマ浮上、飛び降りですか。 

 
「そういえば、自殺した君の親友って、酷いイジメにあってたんだって?」


 やはり愉しそうに笑う折原さんの言葉に、私は少し顔をしかめて、


「そうですね。男子からの集団リンチなんて、日常茶飯事だったとか」


 平坦な声で答える。
 

「でも、それって君が彼女と知り合った辺でおさまったんだろ?何か呼びかけでもしたのかい?イジメ格好悪い、って」
「呼びかけなんかしてません」


 ただ、淡々と答える。


「単刀直入に言えば、脅しただけです」
「だけ、って……何を種に脅しなんてできるんだろうね。たかが一般高校生に」
「折原さん。自分でいうのもあれですが……自分の左手を何の躊躇いもなく突き刺せる人間ですよ私は」


 カッターナイフを押し当てて、時には陰湿に弱みを握って、ひたすら言葉で責め続けて、やっと彼女のイジメはおさまったのだ。
 あと、他校の不良の人たちにも協力してもらったしね。あれが一番効いたのかなあと思う。

 まあ、イジメなんてする輩はそれぐらいしないと駄目だからと思ったり、
 好きな人(友情的な意味で)を守るのは当然のことだなんて考えたり、
 うまく立ち回ればそれも露見しないしと楽観していたり……要するに、私もかなり危ない人間だというだけの話。

 私がそれだけ、彼女を大切に思っていたというだけの話。


「その話を聞いて確信したよ、君はこっちサイドの人間だ」
「私ごときでは、折原さんと同フィールドに立つことさえ不可能なんで」


 それはどうかな。
 なんて、あまり好ましくない笑みを浮かべて振り向いた折原さんを無視し、私は言葉を続ける。


「私、それなりに頑張ったんです。イジメに加わってなかった子と彼女を引き合わせたり、脅したのを根に持っていた連中を押さえつけたり、逃げ回ったり」


 あれは並大抵のものではなかった。特に後者。
 中には喧嘩慣れしている不良男子もいたし、親が学校のえらいさんだとかで逆に脅しをかけ返してきた連中もいた。 
 

「全部そっくり、防いだつもりだったんですけどね」


 喧嘩を仕掛けてきたヤツには救急車を呼んであげたし、親にすがるヤツにはさらに脅し文句を加えてやった。
 のに……。


「君は詰めが甘いんだよ」


 つい先ほど見た、人を見下す目で折原さんは笑う。


「病院送りにしたっていっても、一番酷い怪我で腕が折れただけだろ?脅しだって、せいぜい本人の評判が少しさがる程度のもの。これじゃ、やり返されるに決まってる」
「いや、それでも結構やっちゃってると思うんですけど」
「ユウキはなんだかんだ言ってぬるい。しかも易しい。動機だって、一応友達への優しさだしねぇ……俺ならもっと徹底的にするよ」


 あの目は本当にやったことのある目だ。
 妙な自信に充ち溢れている折原さんを見て、私は絶対にそうだと確信した。
 その相手さんにはご愁傷様としか言いようがない。


「それで、詰めの甘かったユウキは勘違いした親友を自殺に追い込まれて、冕罪被った上に学校にも家にも居場所がなくなった、と。あ、家に居場所がないのはもとからだっけ」
「……随分、詳しいですね」


 やっぱり、私のストーカーでもしてたんですか。
 乾いた声でそういうと、折原さんは口の端を上げて、


「君を追い回すほど、俺は暇じゃないよ」


 そう言った。
 

「あのさあ、自殺したい理由って、本当は居場所がなくなったからじゃないの?」
「…………」


 違うとは、


「その子が自殺したことも君を憎みながら死んだのも他の友達から見放されたことも誰も信用できなくなったことも自分すら信用できなくなったことも」


 言えな


「全部含めて、死にたいんじゃないの?」


 かった。


「なら、彼女が自殺した"本当の動機"を知れば、君は死ぬことができるんだ?」


 そうです、ね。

 そういうことに、なりますね。

 私はそれだけを考えて、ここまで繋いできましたからね。

 ね、え。





「だから言ったんだよ『死なないで普通の生活に戻るなんて選択、ユウキには残ってない』ってさ。それなら、」



「このまま"ここ"にいても、」


 
「仕方ないよね」



「君がいなくても、君の周りの人間はなにも困らない」



「むしろ好都合な人間が多いんじゃない?君も随分恨まれて疎ましがられてるみたいだから」



「一緒に住んでた人たちも、本当の家族じゃないみたいだし」



「高校の入学式の前日に、死んだんだっけ?本当の両親」



「君って本当に不運だよねぇ。周りの人間は次々に死んで、孤立して、悩んでいても助けてもらえなくて」



「俺が助けてあげると思った?だけど、それも言ったよ『ユウキは俺を楽しませるためだけに、ここに来てるんだ』って」



「俺は君を助けない。楽しみに来ただけだから」



「ここがさっき言ってた"良い場所"」



「続きは屋上に上がってから、もう少しだけ話そうか」



 そう言って開けられた扉をくぐれば、もう後には戻れない。
 けれど、


 もう、戻る後すら、私にはないのだ。




 (PM 05:40) 
  



 わたしがいなくてもだれもなにもこまらない


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