灰男小説 | ナノ


▼ あなたに愛が届くまで3

 宿の手配も終わり、二人は宿近くのバーで時間を潰すことにした。
 だが、二人は同じ席には座っていない。それぞれのテーブルに食事が運び込まれてどちらも食べ終わっている。
 神田はつまらなそうにバーのステージで歌っている歌手を眺めているし、アリシアはバーの店主に金を渡して電話を使わせてもらっている。アリシアの電話の相手はもちろん教団本部コムイ室長だ。アリシアはあらん限りの言葉でパートナーである神田を罵倒している。だが、バーの隅に電話があるため神田には聞こえていない。
「ちょっと! 聞いてますかコムイ!?」
 電話の先のコムイはものすごく間延びした声で答えている。
「きーてる、きーてるよ、アリシアちゃん」
 訝しんだアリシアは試すように問うてみた。
「じゃあ、さっきまで言ってたことをかみ砕いて話してくださいよ」
「えー、ふんふん、まぁ、あれでしょ? ケンカしたんでしょ?」
「まったく聞いてないじゃないですか!? なんでコムイはそんなんで室長をやれてるんですか、私、信じられません!」
 受話器から笑い声が聞こえる。笑い事じゃないと思うのだが、彼にはそんなことは通じない。
「わぁーお、きっついなー。じゃあちゃんと聞くから、理路整然と話してみて、これ一応業務連絡だから」
 ふぅ、と短く息を吐いてアリシアは語り始める。

 ***

 目的の街に着いたのは太陽が真上にある昼間だった。
 方ムは思いのほか混んでいて、街に活気があることがわかる。オルゴールというのは嗜好品から子供のおもちゃまで幅広い購買層がいるからだろうか。アールにお土産でも買っていこうかと少しだけ観光気分になってしまう。
 駅を出ると大きな時計仕掛けのオルゴールが出迎えてくれた。時刻は丁度十二時。オルゴールが鳴り始めた。
 それは、まさに出迎えにふさわしい明るい音楽だった。時計の中には仕掛けの小人たちが眠っている少女の周りで泣いていて、王子様であろう人形が少女にキスをしていた。
 童話の物語を再現しているのだ。すごい技術力である。
「わぁ」
 アリシアが感嘆の声をあげて足を止めていると、背後から黒い団服が横を通り過ぎる。
「観光じゃねーんだぞ、足止めんなバカ」
 アリシアはその言葉にむっとする。
「わかってます! 早く宿にいっちゃいましょう」
 大股で背の高い神田を追い抜かして先を歩く。
 それにしてもこんなに活気のある街でなぜ奇怪は起きているのか。見た目では全く分からない。それに、街の人々はにこやかでとても不安そうではない。
 考えてもわからないことは聞くしかない。取りあえず宿屋に向かうことにした。
 ――したのだが。
「泊められない!? どういうことですか!?」
 宿屋の店主にアリシアがカウンター越しに訴えるも彼の態度は頑なだった。
「どうもなにも開いてる部屋がねぇんだよ」
 アリシアはカウンターを怒りで叩く。
「そ・れ・は! ありえません! 黒の教団で予約を二部屋とっているはずです」
 胸のローズクロスをわかりやすく見せてアリシアは店主を睨んだ。
 すると店主はローズクロスをまじまじと見た後、鼻で笑った。
「どこかのお偉いさんだか知らんが、ないもんはないんだ。出てってくれ」
 ぽんと頭を掴まられて放られる。アリシアがよろけているうちに、眼光が鋭くなった神田がカウンターに近づいていく。アリシアは神田の服の端を掴み、止める。
「止めんじゃねぇよ、こういう奴は痛い目みねぇとわかんねぇんだ」
「野蛮です! 交渉ならまだいくらでもある!」
「めんどくせぇ、ぶっ飛ばしゃいいんだ!」
 団服をつかみながら立ち上がると、横をすっと身ぎれいな初老の男が横を通り過ぎた。着こなしも綺麗で上流階級の金持ちだと判る。ただ、雨でもないのに靴には泥が飛んでいた。カウンターに初老の男は近づき、アリシアたちをよそに店主に話しかける。
「部屋は空いとるかね」
 店主はにこやかに頷き、早々に手続きのために紙を持ってきた。その様子にアリシアは黒い笑みを浮かべた。そして掴んでいた裾を離す。
「……神田GO」
 神田は凶悪な笑みを浮かべてカウンターまで近づき店主の襟を掴み、アリシアたちがいる側に引きずり降ろした。その様子に初老の男性はひぃと短く声をあげた。
「なにしやがっ……!」
 息を飲む店主に神田は六幻の刃を首元に突きつけ獲物を見る獰猛な獣のように嗤う。
「動いたら、すぐにあの世行きだと思え」
 店主は震えあがる。その店主の傍にアリシアは寄ってきて微笑んだ。だが、目は笑っていない。
「あなたが今からしなければいけないのは二つ、すぐに私達の部屋を用意すること。なぜ、私たちをここから追い出そうとしたか吐くことです。……出来なければ、わかりますね?」
 店主は怯えていたが首を振った。神田は六幻の先を首に少し食い込ませる。
「やめてくれぇ! 無理なんだ! できないんだ!」
「なぜ? 誰かに命令されているんですか?」
 ここで千年伯爵が思い浮かんだが、こんなまどろっこしい小細工をするだろうか? 思案しているアリシアに店主は叫ぶ。
「ここの市長だ!」
 ここで神田とアリシアは顔を合わせる。たかが一介の市長が黒の教団の圧力を止められるはずがない。それに黒の教団が調査することは、もうすでに了解を取っているはずだ。何かがおかしい。
「神田、刀を離してあげてください」
「……どうすんだよ?」
 神田が六幻を離すと小刻みに痙攣するようになってしまった店主にアリシアはにこやかに話しかける。
「私たちの名前で宿の部屋を取ってください。それだけで構いません」
 そして、店主に耳打ちをする。言葉が終わるや否や店主は何度も壊れたように頷いた。
 アリシアは満足そうに笑みを浮かべた。横で腰を抜かしてへたり込んでいる初老の男性にアリシアはポケットから紙切れを取り出し、カウンターに置いてあった羽ペンで数字を書いた。
「驚かせて申し訳ありませんでした。ここは満員のようですのでどこか別の場所をお探しください。これで謝罪できるとは思えませんがどうぞお受け取りを」
 アリシアは初老の男に紙切れを渡す。それに書いてある文字を見て初老の男は目を見開く。
 アリシアはクスリと笑って人差し指を自分の口にあてた。
「くれぐれも御内密に」


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