灰男小説 | ナノ


▼ 権力者たちの空23

 駅のホームは人でごった返していた。
 ケリーの遺産はネイサンが手に入れたことをすぐに聞きつけたらしく、人々は元居た場所に帰るんだろう。引き際があっさりしていて好ましいと思うほどだった。人はだからたくましく生きていけるのだろう。
 列車は着ているが、まだ出発時間ではない。神田はさっさと一等車両に乗り込んでいき、もう駅のホームにはいなかった。残るはリンクとアリシアのみである。
「それで? リンクはこれからどうするんですか?」
 任務は終わったのだ。まだ引き続き監視するというなら共に行くだろうが、それはないだろうと感じていた。現にリンクは淡々と言った。
「私は街に戻って後処理がありますから。それに今回のことは我々にとってもイレギュラーなことが起こり過ぎた。またご一緒することもあると思います」
 アリシアはリンクの言葉に笑った。
「素直にまたねって言えないんですか?」
「それはあなたも一緒でしょう?」
 切り返し方もリンクらしくてアリシアはくすくすと笑う。
 アリシアはリンクに向かって手を差し伸べた。
「ありがとうございました。じゃあ、いずれまたどこかで」
 じっとリンクはアリシアの手を見た。出会ったときは握手をしなかったけれど今回はどうだろう。アリシアが待っているとゆっくりと握り返した。
「ええ、またどこかで」
 そして二人は手を離した。
 汽笛が鳴る。もうすぐ出発なのだ。アリシアはリンクにお願いをした。
「リンク少し屈んでもらえますか?」
 リンクは怪訝そうな顔をしたが、言われた通り膝を曲げた。
 アリシアは近づいてリンクの額に自分のおでこをくっつけた。驚くリンクを気にせず目を閉じ言葉を紡ぐ。
「あなたに神のご加護があらんことを」
 リンクはばっと体をのけぞらせて口元を手で隠した。
「あ、あなた、何を!?」
 アリシアはにっこりと笑う。
「おまじないです。これはレアですよ? 気に入った相手にしかしないんです」
 リンクは少し頬を赤くしてぼそりとつぶやいた。
「神田ユウにはしたんですか?」
 アリシアは急にしかめっ面になって首を振る。
「冗談じゃない!? なんであんな奴にやらないといけないんですか!」
 リンクは薄く笑んだ。とても穏やかに笑うのでアリシアもつられて微笑んだ。
 汽車がまた汽笛を鳴らした。もう猶予はない。アリシアは足早に汽車へ向かいながら振り返った。彼は立ち去らずアリシアを見ていた。
「リンク! また会いましょう!」
 アリシアはそう言って汽車に乗り込んだ。リンクが見送っている中で汽車は動き始める。
 
 さよならは私たちにはいらない。
 再び会えるから。
 同じ道を歩く限り、行きつく先は一緒なのだから。
 汽車は進む。
 幼い神の子らを乗せて、新たな旅路へと走っていく。
 
 ***
 
 とある高級なレストランでマルコム・C・ルベリエは音を立てずステーキを切っていく。その向かいには金髪の髪に二連の赤いほくろをもつリンクが同席していた。
 リンクは同じように丁寧に肉を切って口に運んでいる。
 ナプキンで口元を拭ったルベリエがふと問いかけた。
「どうでしたか? 今回の収穫は」
 リンクはナイフとフォークを置いて答えた。
「やはりイノセンスはありませんでした」
 ルベリエは満足そうに頷き、グラスを取って水を口に入れる。
「こちらは内通者を根こそぎ一掃できました。あなたの働きには感謝しています」
「ありがとうございます」
 軽く頭を下げたリンクにルベリエは笑う。
「アリシアはどうでしたか? 何か収穫は?」
 リンクは淡々と答える。
「伯爵が狙っていることは確かなようですね。現にノアがさらいに来ましたから」
「ふむ」
 リンクは数枚の紙をルベリエに渡す。ルベリエはそれに目を通した後、にやりと笑った。
「久しぶりの再会はどうでした?」
 リンクは少しうつむいてその言葉には答えなかった。ルベリエは追及することもなく、ため息を吐く。
「こちらは逃げられてしまいましてね。おそらくアリシアの元に行ったのだと思います。例のエクソシストは彼でしょう」
 リンクは苦虫を噛んだように顔をしかめた。
 それすらも楽しむかのようにルベリエは笑いかけた。
「それで? 率直な感想を聞きましょう。アリシア・ボールドウィンは彼に加担していますか?」
 リンクは首を振った。
「それはないと思います。けれど……」
 一度言葉を切って、視線を落とすがすぐに顔を上げてリンクは言った。
「彼女は記憶を改ざんされている可能性があります」
 ルベリエは目を丸くして、そして深く笑んだ。
「続けなさい。あなたなりの推論があるのでしょう?」
 リンクは一度息を吐いて言葉を紡いだ。
 それはあまりにも残酷な言葉たちだった。


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