灰男小説 | ナノ


▼ 権力者たちの空21

 探し人は案外すぐに見つかった。部屋にいるのかと思ったが、もうぴんぴんして一階の食堂でコーヒーを飲んでいた。アリシアは重篤な状態で見つかったと聞いていたので包帯や何かをしているのかと思ったがどこにも怪我してはいなさそうだった。
 アリシアは笑って近づき、目の前の椅子に腰かけた。神田が一瞬にして眉間にしわを寄せる。
「座んじゃねぇよ」
 悪態も相変わらずだ。けれどそんなことは当たり前なのでアリシアは神田の言葉を無視した。
「どうせダメだって言うなら意味ないじゃないですか」
 神田は顔をしかめる。
「だったら他の席に行け。鬱陶しい」
「嫌です。あなたに用があるんですから」
 アリシアの言葉に神田は片眉を上げた。
「あ?」
「まあタダで聞こうなんて思ってませんから。はい、サンドイッチ」
 手に持っていたサンドイッチを一切れ差し出すが神田は受け取らない。舌打ちして、席を立とうとしたのですかさず言葉を放った。
「あなた、一体なんなんですか?」
 神田の動きが止まる。アリシアは神田に言葉を投げかけた。
「重篤な状態から今はすっかり怪我がない。どういうからくりなのか知りたいと思いまして」
 神田の表情がこれ以上なく険悪になった。
「テメェには関係ねぇよ」
 アリシアはサンドイッチに噛り付きながら頷く。
「そうですね、関係ないかもしれません。ですが――」
 一度言葉を切ってアリシアは神田をにらみつけた。
「それほどのものがなんにもリスクがないとも思ってません」
 神田の視線が鋭くなる。けれどアリシアは止めようとしなかった。
「例えばリスクがあるとしたら、なんでしょうね……きっとあなた無事ではないですよ?」
「何が言いたい?」
 アリシアは真剣な表情になって神田をにらみつけた。
「パートナーとして困るって言ってるんですよ」
「ああ?」
 明らかにキレ始めている神田を無視してアリシアは言い放った。
「あなた今回ティキ・ミックに見逃してもらえなかったらイノセンスも自分の命もなかったですよ? 今回我々は負けたんです」
 神田が目を見開く。アリシアは続ける。
「あなたがその能力にたかをくくって無謀な行動をして戦闘不能に陥ったら私が困るんです」
 ぶつりと音が聞こえるようだった。神田が言葉を吐き捨てる。
「じゃあテメェは今回何かできたと思ってんのか? 動けねえで赤ボクロに支えてもらって撃った攻撃は不発で尻ぬぐいをしたのは誰だ?」
 アリシアはにっこりと笑う。
「ええ、ごめんなさい。私のせいです。――だから」
 アリシアは立ち上がり、神田の胸ぐらを掴んだ。
「二度と命を捨てるようなマネするなって言ってんですよ」
 アリシアの低い声音に神田は目を丸くした。だがすぐに手を振り払い舌打ちをする。
「オレがどうしようが勝手だろうが」
 アリシアは首を振る。
「そうですね、けど約束しましょう。私は二度とあなたが大怪我するようなミスはしません」
 アリシアは手を差し出した。真摯にまっすぐに神田を見る。
「驕らず、すべてを疑って、最大限の結果を出します」
 アリシアは微笑んだ。
「蓮の花が見たいって言ってたじゃないですか。それまでは私があなたを死なせません。絶対に」
 神田はじっとアリシアの手を見ていた。けれどふっと表情を消して視線を落とす。
「別にお前に期待してない」
 結局神田はアリシアの手は取らなかった。さっさと立ち去ろうとしている神田の首根っこを掴む。神田が鬱陶しそうにこちらを見た。アリシアはにっこりと笑う。
「どこ行くんですか? まだ話も任務も終わってませんよ?」
 神田がぴくりと眉を動かした。
「……どういうことだ」
 アリシアは神田から手を放し、出口へと向かう。笑みを称えて颯爽と歩いていく。
「AKUMAを倒すのがエクソシストなんでしょう?」

 ***
 
 アリシアと神田は宿屋を出てグロッサの塔を上っていた。リンクに頼んでネイサンを連れてきてもらい四人で塔の上へ上へ進んでいく。ネイサンは目に見えて落ち込んでいたが、それでもついてきているのは事の顛末を見届けたいからだろう。アリシア、神田、ネイサン、リンクの順で上っていき、案外すぐに上りきった。
 街で一番高い塔でアリシアたちは景色を眺めた。風がふっと頬をかすめてアリシアの髪を揺らす。雲一つない晴天だった。
 アリシアがふと笑みをこぼす。
「いい景色ですね」
 ふんと神田が鼻を鳴らす。
「ただ街が見えるだけだろ」
 神田の言葉にアリシアがむっとする。
「本当にあなたは情緒がないですね。そう思いません?」
 アリシアがリンクのほうを見ると彼はため息を吐いた。
「私に同意を求められても困ります」
 アリシアは口を尖らす。
「リンクまで……あなたたちもうちょっと関心持ってくださいよ」
「無理だな(ですね)」
 二人同時に言い放ち、同時にお互いの顔を見て顔をしかめた。アリシアはため息を吐く。一体どこでこんなに仲が悪くなってしまったのかアリシアにはわからない。
 ネイサンがやきもきしたのかアリシアに尋ねる。
「あの、どうして僕をここに連れてきたんですか?」
 アリシアはニッと笑って答える。
「宝探しは途中だったでしょう? ね、ネイサンくん。ラルフくん?」
 アリシア以外の三人がぎょっとして辺りを見る。アリシアは振り返って壁にサルガタナスを向けた。
「隠れてたら最後のお別れさせずにぶち抜きますよ?」
 すると壁からどろりとしたものがにじみ出て人の形になった。それがラルフになってネイサンは目を見開いて両手で口を隠してしまった。ネイサンをかばうようにリンクが前に立ち神田も六幻に手をかける。だがラルフは片腕を失い、かろうじて立っている状態だった。ラルフは自嘲的に笑う。
「どうしてここがわかった?」
 アリシアはにっこりと笑って答える。
「あなたはここにネイサンくんが来るだろうって思ってたでしょうし、おばあさまとの思い出もある。案外AKUMAって人間臭いところもあるんですね」
「うっせえな」
 ラルフを見てネイサンは言葉を失っていたが、言葉を漏らした。
「君は本当にラルフなの?」
 ラルフは苦々しくネイサンを見て視線が合うと寂しそうに微笑む。
「約束しただろ? 二人で街を出ようって」
 ネイサンはそれだけでわかったらしい。だが近づきはしなかった。それが絶対的な隔たりであるように。
 神田がアリシアをにらみつける。
「なんですぐに壊さない?」
「まあ確かめたいことがあるんですよ」
 アリシアはラルフに向かって尋ねた。
「連続不審死事件にあなたはどれくらい関わってたんですか? あなたは姿を変えられるのでしょう?」
 ラルフは口角を上げる。
「ほぼ全部だよ」
 アリシアは頷く。
「なるほど、やはりそうでしたか」
 リンクがアリシアに問いかける。
「どういうことですか?」
「簡単ですよ。神父だけでは難しいところがあるからです。私に薬を射ち込むのも手馴れていた。ラルフくんは近しい人間に成りすまして注射を打ち、神父の蝶が心臓を食べる。不審死は出来上がり、葬儀の時に神父は家族に近づいて嘘を吐きAKUMAを作る。いや本当に合理的でむかつくほど隙が無い」
 そしてAKUMAの巣窟が出来上がったのだ。どれほどの人間がAKUMAになったのかわからないが、決して少なくはないだろう。恐ろしくて寒気がするほどだ。
「ネイサンくんに街を出ようといったのもそれが関係しているのでは?」
 ラルフは肩を竦める。
「いずれオレが当主になって街の実権を握る予定だった。そこにネイサンがいたら伯爵様は絶対に邪魔に思うだろう。だったら遠くに逃がしたかった」
 アリシアがじっと見つめながら目を細めた。
「そこまでネイサンくんに執着するのはなぜ?」
 ラルフはハッと笑った。
「こいつお人好しだからさあ、オレがAKUMAだって知らずに近づいてきてずっと毎晩毎晩励ましたんだよ。もうラルフはいねえのにさ。馬鹿みたいだろ? 最初は殺してやるって思ってたんだ、けど、あんまりにも優しくてどこにでもいっしょにいてあげるって言うから……見てみたくなったんだこの街じゃない景色を二人で」
 ラルフはネイサンを見て苦しそうに笑った。
「オレたち友達だよな?」
 ネイサンは同じように笑って頷いた。
「当たり前だよ。僕ら親友じゃないか」
 ラルフはこらえるようにうつむいて、顔を上げた。そして空を見て穏やかに微笑んだ。
「……ばあちゃんもこんな気持ちだったのかな」
 ラルフの目からぽろりと涙に似たものが零れ落ちた。AKUMAは決して泣けない。それは似たようなものに見えても違うのだ。アリシアはそう思い込もうとしたが、あまりにも人間臭いラルフに驚いた。
 だが、次の瞬間ラルフは手を銃口に変えてネイサンに笑いかけた。
「一緒に行こう」
 ラルフは躊躇なく血の弾丸を放った。
 けれど弾丸はネイサンには届かなかった。
 サルガタナスが血の弾丸を砕き、六幻がラルフの首を斬った。
 ラルフの首がずりと音を立ててずれて重力に逆らえずにラルフの首が落ちる。ネイサンはとっさにラルフの首を抱えた。ラルフが笑う。
「お前、わかってんのかよ。殺されそうになったんだぞ?」
 ネイサンは首を振る。
「君が嘘ついてるか僕が一番わかるよ」
「ホント、お前って馬鹿だよな」
 ラルフの首はだんだんと形が崩れていく。ネイサンはそれでも首を離さなかった。ラルフが最後に口だけになった時にっと笑って言った。
「元気でな」
 そうして完全にAKUMAは消えた。ネイサンは嗚咽を漏らし、友の死を悲しんだ。アリシアは空を見る。
 空は晴れきっていてとても美しい。
 ここから見る眺めはケリーにとってどんな意味があっただろう。
 悲しんだだろうか。それとも自分が誇らしかっただろうか。
 きっとどちらも違ってどちらも正しい。
 権力を持っていても、何も持っていなくても空は平等で無慈悲だ。
 ただそこに在って、人間がちっぽけな存在だと教えてくれる。
 それには神にも似ているかもしれないと、アリシアは思った。
「で? 結局鍵はどこだ」
「ああ、それはもうわかってますよ」
 アリシアは頂上のぶら下がっている小さな鐘に近づき、手を伸ばした。一見何も変わったところがないように見る。だが舌と呼ばれる鐘を鳴らすための分銅を回す。するとすぐにがちゃりと取り外せて分銅の先には鍵のような構造が形どられていた。
「これで金庫の中身を確認できますね」
 アリシアはにっこりと皆に笑いかけた。


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