灰男小説 | ナノ


▼ 権力者たちの空18

 アリシアが目を覚ますとそこはポポロ宮だった。
 今日は月夜らしい。ステンドグラスが淡い光を透過して地面に聖母が写しだされている。教壇はとても綺麗にされていて、普段は礼拝に来る人が多いのだろうとも思う。そんな中椅子に縛り付けられているのは何とも皮肉なものだった。アリシアは身じろぎするが体は痺れてあまり感覚がない。恐らく注射された薬によるものだろう。首から上はなんともなく、思考もちゃんとしている。口も舌も動かせる。どういう意図でこのような薬を盛られたのかはわからないが、時間が経てば痺れもなくなってくるだろう。だが足手まといには変わらない。アリシアは唇を噛んだ。
「目が覚めた?」
 懺悔室から出てきたのはカソックを着た神父だった。しかも正装だ。先ほどまでの着崩した感じではなく、しっかりとした神父に見える。アリシアは顔をしかめた。
「今更、聖職者気取りですか?」
 アリシアの言葉に神父は笑った。
「一応ここでは神父だからね。ニア様の葬儀のための準備もあるし」
 アリシアは眉をひそめて嗤う。
「ここまでバレといてただで済むとでも?」
 神父はゆっくりと歩いて教壇にもたれかかる。
「キミ以外は殺していいって御達しでね。後始末が済めば、オレとラルフでこの街を仕切るだけ」
「猫かぶりもやめたんですね」
「まあね、疲れるからさ」
 アリシアは表情を変えず思案する。恐らくアリシアに注射をしたのはAKUMAだったラルフだったのだ。ネイサンから二年前ラルフの母親が死んで言葉がしゃべれないほど憔悴していたと聞いていたのに、己の迂闊さに思わず苛立った。だが疑問は浮かぶ。
「ネイサンくんを殺さず、なぜAKUMAに?」
「保険だよ。二体いてどちらかが壊れても継承者はいる。そう世間に思わせられればいい」
 アリシアは内心舌打ちをしたくなった。パズルのピースが埋められていくように全体像が見えてくる。アリシアが神父をにらみつけると嬉しそうに笑った。
「ではこの任務は最初から仕組まれていたんですね」
 神父は笑みを深くした。
「流石、理解が速い」
 金庫の噂もすべては千年伯爵の仕組んだことだったのだ。なにが理由かわからなかったがアリシアをここに来させて捕縛し、連れ帰る予定なのだろう。だから『半分正解で半分不正解』なのだ。今の状況を神父は楽しんでいる。強者が弱者をいたぶるように上から眺めて遊んでいるのだ。
「ネイサンくんは? もうAKUMAに?」
 神父はそれには答えず、笑みを深くした。月が陰って彼の表情が見えなくなる。アリシアは底知れない恐怖を感じた。痺れて動けないけれど、全身が震えるように感じる。けれどアリシアは神父をにらみつけた。言葉では負けられない。
「伯爵はなぜ私を?」
 神父は何も言わずポケットから煙草を取り出して火をつけた。煙草の小さな火だけが彼を照らしている。
「仲間の心配はしなくてもいいの? きっとオレ殺しちゃうけど」
 アリシアは片方の口角だけ上げた。
「でもあなたはまだ殺せていない。恐らくここに呼んで私を人質にしたフリをして簡単に殺す気でしょうが――」
 アリシアは神父に向けて傲然と笑った。
「あいにく私の生き死になんて関係ないですよ。神田は」
 神父は片眉を上げて肺を膨らませ、大きく煙を吐き出した。
「そりゃ御大層なパートナーだな」
 アリシアは気づかれないように目を少しばかり開いた。敵はパートナー制度も知っているのかもしれない。ルベリエ長官の危惧は当たっている。それに上に気付かれないほど深く潜り込まれているなら内部調査を依頼して探り出さなければならない。
 だが今は今の状況をどうやって切り抜けるかだ。
「当たり前です。私と奴は仲が悪いんですよ」
 きっと神田なら気にせずアリシアごと叩き切るだろう。元々そういう仲だ。むしろ捕まったアリシアを馬鹿にしてくるだろう。そのしかめた面を想像してアリシアは笑った。
「……気に入らないな」
 神父はゆっくりとアリシアに近づいてきて手を伸ばし、触れて顎を持ち上げた。アリシアは表情を変えず神父を見る。間近で見てようやくわかる彼の瞳はとても人間臭い色をしていた。
「キミは怖がらないの? 自分がこれからどうなるのか、殺されるかもしれないのになぜそれほど落ち着いてオレと話せる」
 確かに実力は歴然としている。一瞬でアリシアは心臓を食い破られて死ぬだろう。けれどなぜか恐怖はなかった。その理由を少し考えてふっとアリシアは笑う。
「私はあいつのことが嫌いですけど、信用はしてるんですよ」
 神父は首を傾げる。意訳しすぎててわからなかったのだろう。アリシアはにっこりと笑う。
「あいつは任務は必ずこなしますから。あなたにも負けません」
 神父はうっすらと笑う。
「妬けるね」
「パートナーですから」
 アリシアは微笑む。その反応に神父は驚いた。
「そういえばあなたの名前を知りません。伺っても?」
 神父はふっと笑って眼鏡を外した。
「いいね、気に入った。オレはティキ・ミック。伯爵のお友達だ」
 前髪をかき上げると大層な美しい顔が現れた。敵だというのにアリシアは彼に見惚れ驚いた。どんどん肌が黒ずんでいったのだ。首からどんどん黒ずみは上がっていき、額のところまで行くと横に幾重にも聖痕がが刻まれた。アリシアは息を飲む。ティキは楽し気に笑った。
「オレはお嬢さんを気に入った。だからもう一人のエクソシストは殺すことにするよ。キミの目の前でね」
 アリシアが顔をしかめる。
「矛盾してません?」
「いや、他の男に目を行かせるほどオレは優しくないんでね」
 アリシアは傲慢なほど美しく笑った。
「やってみろ化け物」
 突如背後のステンドグラスが割れる。現れたのは漆黒のコートを着た聖職者。月夜に照らされた刃がティキに迫った。
 
 ***
 
 神田の六幻がティキに迫る。ティキは寸でのところでかわし距離を取った。そしてカソックが斬られたことに笑う。
「危ない危ない。お嬢さんはどこまで計算してたの?」
 アリシアは口角を上げて笑う。
「勘ですよ。何もせずに玄関から入ってきたらどうしようかと思いましたが、ちゃんと考えられたようですね」
 神田はちらりとアリシアを見て視線をティキに戻す。
「なにとっ捕まってんだ馬鹿チビ」
 神田の表情があまりにも侮蔑が混じっていたのでアリシアは笑ってしまった。これも予想通りだったから。
「リンクはどうしてます?」
「知らん」
 アリシアは神田の率直な言葉に少し考え頷いた。そしてティキを見てにやりと笑う。
「あなた嘘を吐きましたね?」
 ティキは肩を竦めて言った。
「なーんだ、もうバレちゃったのか」
 つまらなそうに言うティキにアリシアはため息を吐いた。
「私が気を失った後あなたは油断してリンクにネイサンくんを保護された。私だけは連れていけたがネイサンくんは行方が分からずラルフくんを使って探しに行かせたんですね?」
 神田はふんと笑ってティキを見た。
「あのAKUMAならもうまともに動けない。しくじったなクソAKUMA?」
 ティキは頭をガリガリと掻く。
「なんだラルフの奴しくじったのか。まあ期待はしてなかったけど」
 つまりはティキを破壊すればこちらの勝ちとなる。だがティキは余裕だった。神田が眉を寄せた。
「余裕だな?」
 ふっとティキは笑う。
「当たり前だろ? 臨界者でもないお前らに負けるわけがない」
 臨界者とはイノセンスのシンクロ率が百パーセントを超えた者のことを言う。元帥たちはみな臨界者だ。つまりは元帥クラスでなければ自分は倒せないと言っているのだ。その傲慢さにアリシアは顔をしかめた。
「神田の戦闘能力だけは私は買ってるんですよ。ほら行けバ神田!」
「縛られといて何言ってんだアホチビ!」
 そう言って神田はすぐに縄を切った。けれど動かないアリシアを見て眉間にしわを寄せる。アリシアが神田に苦笑いする。
「実は毒を盛られて首から下が痺れてるんですよ」
 神田は盛大に舌打ちした。
「本当に使えねぇ!」
 アリシアは顎で指示する。
「時間稼ぎでいいですから! サルガタナスはきっとリンクが持ってます! それまでは油断せず戦ってください!」
「ちっ!」
 神田は六幻を構えた。ティキはにやりと笑って両手を前に出す。
「いいぜ、かかってきな坊主」
 その瞬間ティキから膨大な殺気があふれ出た。思わず体が委縮する。
 アリシアは息を飲んだが、神田は瞳が鋭くなっただけで戦意は失わなかった。アリシアは小さな声で言う。
「気を付けてください。あいつの能力は透過です。あらゆるものをすり抜ける。けどイノセンスの攻撃なら話は別でしょう」
「……ただぶった切るだけだ」
 そう言って神田は駆け出した。むしろ一瞬で間合いを詰めてティキに肉迫する。神田の袈裟斬りを体を捻らせて避けて、体勢も崩さなかった。やはりどこか余裕がある。神田が次々と攻撃を繰り出すが楽し気に避けるだけだ。完全に遊ばれている。神田もそれがわかるのだろう。焦りなどはないが、隙を伺って様子を見ている節がある。
 アリシアはどうにか動けないかと踏ん張るが、指をゆっくりと動かせるようになっただけで体のほうはてんでで動かない。何か方法はないかと周りを見るが何もなく歯痒さだけがつのった。
 ティキはまだ一太刀も入れられてない。確かに強いようだ。息も乱れておらず、攻撃もしていない。アリシアはティキに言い放った。
「ティキ・ミック! あなたはAKUMAではないんでしょう?」
 ティキは突然の言葉にこちらを見た。だが神田の攻撃は難なくかわす。
「そうか、お前らは知らないんだっけ? まあこれ言っちゃうと千年公が泣いちゃうから言えないな」
 それは肯定したもも同然だ。ならば何なのだろう。AKUMAでもなくブローカーでもなく体に聖痕が浮かび上がる者。とても同じ人間には見えないが、真実はわからない。
「あなた本当に人間ですか?」
 その言葉にティキが笑う。
「酷いな、どう見ても人間だろ? それ以外に何に見える?」
「人に限りなく近い化け物ですか。それは興味深いですね」
「本当にひどいねキミ!」
 しゃべりつつも神田の攻撃は当たらない。それだけ力量差があるのだ。アリシアは内心焦っていたが、悟られないように笑った。
「あなたを拘束して調べればいいだけです。うちの化学班は優しいですよ?」
「おお、怖」
 ティキは顔をしかめたが、難なく避けてふっと距離をとり煙草をふかした。
「いい加減避けるのも飽きてきたな……」
「何……っ!」
 そう言うと神田に一瞬で近づき初めてティキが神田に手を伸ばした。ティキの手が神田の首を狙う。神田は辛うじて避けて距離をとった。だが首筋から線のように傷が出来てそこから血が垂れる。
「神田!?」
 アリシアの声に神田はこちらを見ず怒鳴る。
「うるせえ! かすっただけだ!」
 ティキは不思議そうに首を傾げる。
「おかしいな、首切れそうだったのにちょっとかすっただけか」
「ちゃんとテメェの体も見てみろ」
 神田の言葉にティキは服を触る。するとわき腹あたりがすっぱりと切れていた。ティキは笑う。
「へぇ、やるじゃん」
 神田は口角をあげてティキを見て乱れた息を整え、また構える。
「次は首だ」
 ティキは一瞬真顔になり、うっすらと笑った。
「言うじゃん。次はじゃあ心臓な……ティーズ」
 彼が呼ぶと手の中から黒い蝶が出てきた。アリシアが目を見開いた。やはり連続突然死は偶然ではなかったのだ。
「これは千年公からもらったんだけど、なかなか便利でね。育てるのが面倒だけど仕事には使えるからさ」
 よく見ると蝶の中心部には鋭い歯があった。恐らくあれで心臓を食いちぎって食べるのだ。アリシアは思わず顔をしかめて吐き捨てる。
「外道が……!」
 ティキが少し視線を落として自嘲気味に笑った。その表情にアリシアは少しばかり驚いた。笑うと思っていたのに、彼からはその気配がない。
「――まあ、これも仕事だからな」
 ぽつりと零した声を無視して神田がティキに飛び込んだ。
「ぶっ飛ばす!」
 だが、気が付くとティキは神田を通り過ぎていて、アリシアに歩み寄った。
「さあ、遊びも終わったし。早くイノセンスとお嬢さんを連れて行こうか」
 アリシアは神田のほうを見る。神田はくぐもった声を漏らし、大量の血を吐いた。
「神田!?」
 倒れこんだ神田にアリシアは叫ぶ。指を精一杯握りしめて体を揺らそうとする。今どんなにアリシアが口惜しいか誰にもわからないだろう。仲間が倒れて、自分は見ているだけで何もできない。そんな悔しい気持ちは初めてだった。
 すっとティキの手がアリシアに触れる。
 ティキはアリシアの頬を手で包み自分を見させて笑った。
「よそ見するなって言ったでしょ?」
 アリシアは思わず硬直した。目をそらせない。それだけ彼が恐ろしかった。口は堅く閉じていて声が出ない。

『術を以って力とし、技を以って開放し、心以って技と成す』

 どこからか聞こえてきた声にティキが顔を上げる。
 真上にはリンクが降りてきていた。そして放たれる。
「黒羽焔气!」
 突如として空間から爆炎が出現しティキに襲い掛かる。ティキはバックステップをしてアリシアから離れる。炎はティキを追撃して距離をとらせた。
 その間にリンクはアリシアの近くに降り立って抱き上げた。強く抱きしめ、そして息を吐く。
「今度は守れた……」
 リンクの安堵した声にアリシアは思わず泣きそうになった。そしてどうしてだか懐かしくもあった。なぜだかかはわからないけれどアリシアは動かない指でぎゅっと服を掴んだ。
「ありがとうリンク」
「いいえ」
 そして爆炎が上がっているほうを向いた。リンクは苦々し気につぶやく。
「もう猶予はありません。行きますよ」
「え?」
 リンクはアリシアを見て感情のこもらない声音で言った。
「ここから逃げますよ」
 アリシアは目を見開く。
「待ってください、でも」
 リンクはアリシアの言葉を待たずに言い切った。
「サルガタナスは持っています。大丈夫です。後は中央庁が何とかします」
「お願いリンク聞いてください」
「猶予がないと言っているでしょう」
「神田は?」
 少し黙った後リンクは目をつぶる。
「置いていきます」
 アリシアは首を振った。
「嫌です!」
「聞き分けなさい!」
「でも……!」
「あれは大丈夫です。狙いは貴女だ、貴女を失うわけにはいきません」
 アリシアは言葉を失って黙り込んだ。そしてリンクを見てつぶやく。
「……あなた知っていたんですね?」
 アリシアの問いにリンクは答えなかった。アリシアは顔を歪める。
「私が狙われていることも、イノセンスがここにはないことも、全部、全部!」
 アリシアは重たい腕をゆっくりと動かしてリンクの胸を叩いた。何度も何度も。そして涙声で怒鳴った。
「なぜですか! あなたは私の監視役なのでしょう? だったら私の言うことを聞いてください! サルガタナスを私に返して! 私はまだ戦える!」
 リンクは酷く冷たい声で言い放った。
「指もろくに動かせないのにどうやって戦うというんです? それに今あなたは冷静じゃない。冷静でなく、攻撃力の低いあなたに敵は倒せない」
 アリシアは言い返せず言葉をつぐんだ。そして動かず震える体を抱きしめることも出来ずにうつむいた。
「もう話はついたかな?」
 リンクが鋭く爆炎のほうを見る。
 陽炎の向こうから焼けたカソックを着たティキが笑っていた。リンクは眉間にしわを寄せる。
「服が焼けちまった。これで中央庁が横槍入れてきたら面倒だな……殺すか?」
 指をバキバキと鳴らし近づいてくるティキにリンクが身構えたのがわかった。リンクはエクソシストではない。対抗する術はないのだ。アリシアはぐっと唇を噛んで目をつむる。
「……らしくねえじゃねぇか、馬鹿チビ」
 アリシアははっとして目を開ける。すると神田が立ち上がり、ティキに刃を向けていた。
 ティキは驚いて煙草を落とした。
「あれ、お前死んでないの?」
 神田が鼻を鳴らす。ティーズを片手で握りつぶして笑った。
「生憎と体は頑丈に出来てるんでな」
「うっわ、めんどくせえ」
 顔を上げるて幾分か考える素振りを見せてティキはため息を吐く。
「ったく千年公もめんどくさい案件はオレにばっか振ってくんだから。まあ、でも……仕事分くらいは働こうかな」
 獰猛な笑みを浮かべてこちらを向いた。
 視線だけで殺されそうなほどの殺気だった。
 だが神田は怯まず、刀を構える。
 こちらを見ずにアリシアに言った。
「お前、いつの間にそんな弱々しくなった? エクソシストは何をする者だ? 全部忘れて逃げんのか? ならお前はエクソシストじゃねえ」
 言葉がアリシアに届く。
 真にエクソシストとは何なのか教えてくれる。
 神田は傲慢なほど不遜に笑った。
「ただの女は引っ込んでろ」
 言葉はアリシアの心に火をつけた。
 動かない指はもうリンクの服を握りしめていない。
 アリシアは大きく息を吐いて深呼吸する。
 そうだ。自分はエクソシストなのだ。
 神に授けられた力で闇を払うもの。
 誰かの光になりうるもの。
 例え誰にも知られていなくても、忘れ去られても。
 命ある限りアリシアはエクソシストとして生きなければならない。
 アリシアは笑った。
 もう震えはない。
 アリシアは言い返す。
「うっさいですよバ神田。あなたが血を吐くから驚いちゃっただけです」
「うるせえ」
 アリシアはリンクを見て微笑んだ。
「リンク」
「なんですか?」
「覚悟が、出来ました」
 リンクは目を見開いた。そして呆れたようにため息を吐いた。
「……一度だけですよ」 
 意図が伝わったのか、椅子にアリシアは降ろされる。アリシアはにっこりと笑った。
「ありがとう。……手伝ってください」
 リンクはアリシアにサルガタナスを握らせてティキに向ける。リンクが小さく尋ねる。
「策があるんですか?」
 アリシアは頷けない代わりに笑った。それでリンクは何も言わずティキを見た。
 ティキは肩を鳴らし、笑う。
「人数増えたって一緒だって。まあ手間が省けて助かるけど」
 アリシアはティキに向かって言い放つ。
「その余裕面吹っ飛ばしてやりますよ」
「おお、それは楽しみだ」
「オレもいることを忘れんなよ」
 手を広げてティキが無防備な姿を晒した。
「いいからかかってこいよ、坊主。すぐにティーズの餌にしてやる」
 アリシアはリンクに囁いてトリガーを引いた。
 弾丸はティキの額を打ち抜いて、血が散らばる。
 だが、ティキはのけぞることもなく、にやりと笑った。
「おや、過激」
 神田が動く。今度はより鋭い斬撃でより素早い。ティキはほとんどぶれずに避ける。
 アリシアが悔し気につぶやく。
「化け物め」
「誉め言葉だと受け取っておこうか」
 アリシアはリンクに角度や場所を伝えて腕を移動してもらい、トリガーを引く。弾丸はティキの体をかすめ、時に貫いた。ティキが舌を巻く。
「なるほどこりゃ厄介だ」
 近距離の神田が攻撃の手を緩めず、アリシアはあくまでサーポートに回り動きにくい態勢にしていくことでわずかに隙が生まれる。その効果は絶大だった。ティキはどんどん生傷が増えるがすぐに回復していく。まるで神田の体のようだった。これでは埒が明かない。
「神田! とっておきを撃ちます!」
 それだけで神田には伝わったようっだった。さらにスピードが速くなる。
「これはたまんねえな」
 ティキが初めて焦ったような表情をした。
「――二幻刀」
 神田は手数を多くするために、二刀流になった。攻撃力は少し低くなるが、足止めさえできればいいのだ。
 ティキが顔をしかめる。
「これはお嬢さんから止める他ないか」
 そう言って空中に飛んで、空を駆けた。
「させるかよっ!」
 神田は六幻をティキに向かって投擲する。ティキはよけようとするがアリシアの銃で身動きが取れなくなった。そして六幻に貫かれ、屋根に叩きつけられる。
 初めてティキが苦し気な表情になった。六幻を抜こうともがくが、抜けそうにない。透過しようにもイノセンスは能力を無効化する。
 アリシアが笑う。
「好都合です」
 アリシアは言葉を唱え始める。
『我が聖なる弾丸よ』
 サルガタナスが歓喜するように震えだした。その様子にティキが顔を歪める。
「シャレにならん!」
 神田が跳躍して六幻を抜こうとしているティキに更に食い込ませる。ティキは血を吐くが神田の足を握りつぶした。神田は落ちていく。
『愚者の魂を救いたまえ』
 ティキが余裕をかなぐり捨てて六幻をどんどん抜いてきている。もう少しで抜けるという所でティキの動きが止まった。
「縛り羽」
 リンクの攻撃が効いたのだ。
 サルガタナスはもう形が見えない。アリシアはティキに向けてトリガーを引いた。
『新たな光が立つ為に』
 光は真っ直ぐにティキに向かって発射された。ポポロ宮は光で充満し、一筋の光で空を突き抜けた。


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