▼ 権力者たちの空17
アリシアがラティス邸に入っていったあと神田はAKUMAの掃討に追われていた。軽く五十体はいる。一幻を連発してもいいが、それだと大振りになってしまい標的を確実に殺すのは難しい。神田は舌打ちする。
――ちゃんと追いついてきてくださいね。
アリシアの言葉と表情が脳裏にちらつく。弱いくせに恐怖をおくびにも出さず、彼女は敵に向かっていき、怯まない。それがエクソシストとして正しい行動なのかはわからないが神田はアリシアにイラついていた。
「……クソッ!」
あんな表情で言われたら反対しようがない。普段は賢しいのにこういう時はお人好しで馬鹿だ。自分の命をなんだと思ってるんだと怒鳴りつけたくなる。アリシアは神田が再生能力が高いことがわかってるはずだ。それなのに捨て駒にはしなかった。それだけアリシアは神田の能力を買っているのだ。癪だが応えなくてはならない。
神田は一度呼吸を整えて六幻に意識を集中する。六幻が手の中で震え、二つに分裂した。そして神田はゆっくりと構えて目を閉じる。
「二幻……」
AKUMAたちが一斉に血の弾丸を吐き出す。そんな中神田はじっと動かない。弾丸が目前まで迫ってきたとき、かっと目を見開いた。
「八花螳!」
稲光のように神田はAKUMAたちの隙間を走り抜けた。通り過ぎた瞬間AKUMAたちは瓦解する。恐るべき早業だった。あっという間に二十体は壊して神田は止まる。息もほとんど乱れていない。後十体ほどでここの掃討は終わる。神田は眼光を鋭くしてAKUMAたちに向かってニヒルに笑う。AKUMAたちはもう神田の刃から逃れられない。もうほとんど終わったも同然だ。再び六幻を構えた時、異変は起こった。なぜかAKUMAたちが地面に落ちて機能を停止し始めたのだ。神田は少しの時間、静観したがAKUMAたちは動きを見せる気配がない。近づいて見てみるとアリシアが放ったであろう弾丸から亀裂が入り、そこから装甲が溶けていた。思い返すとアリシアを飛ばしたとき彼女は銃弾をAKUMAたちに撃っている。おそらくその時に仕掛けたのだ。
つまり致死性の毒のようなもので効くまで時間がかかるようだから普段の戦闘ではあまり使わないのだろう。神田はふっと笑う。ここまで計算し尽くしてからの追いついてきてくださいねだったのだ。
「コエ―女」
AKUMAたちは完全に沈黙した。ならば神田は約束通りアリシアの援軍に行くべきだろう。ラティス邸に入ろうと駆け出すとドアが大きく開いた。神田はドアを避けて態勢を整える。ドアを開けた人物を見て神田は目を見開いた。相手は不思議そうに首を傾げ、神田をにらみつけた。
「神田! 遅いですよ!」
神田は一旦思考が停止した。アリシアが怪我一つなく目の前に立っていたのである。やっと吐けた言葉は自分でも意外なものだった。
「お前、レベル2を倒したのか?」
アリシアは首を振ってまっだるっこしいと言わんばかりに早口で言った。
「ネイサンくんを連れて逃げられたんです! 早く追わないと!」
神田はため息を吐いて頭を掻く。戦う以前の問題だったらしい。変に心配して損したなと思い、なぜあんなチビのことを心配してやらなきゃならないんだと苛立った。神田は舌打ちする。
「AKUMAはどこに向かった!」
「おそらくポポロ宮です! 彼の拠点ですし、ネイサンくんをAKUMAしたがっていましたので落ち着いた場所でやるでしょうから!」
子供をAKUMAにすると聞いて神田は理由がよくわからなかったが、どうやらカギを握っているのはそいつらなのだろうと大雑把な予想を立てる。
神田はアリシアを見ずにポポロ宮に向かって走り出した。アリシアも後ろから付いてくる。神田はまっすぐにポポロ宮へと向かっていく。そしてアリシアは口を開いた。
「すみません。取り逃がして」
「御託は後だ! ガキを保護するぞ」
アリシアが少しずつ神田に近づいてくる。神田はその気配を感じつつ、アリシアに尋ねた。
「……敵の能力はわかったか?」
「いえ、それがすぐに逃げられてしまって、すみません」
「――そうか」
ぐっとアリシアが神田の背後に付いた。
そして発砲音が響く。アリシアのサルガタナスが火を噴いたのだ。神田は銃弾を六幻で斬り、なおかつアリシアを斬り結んだ。
肩口から切り裂かれたアリシアは片腕がぶらりと垂れた。流れるのは黒いAKUMAの血だった。
神田は六幻を構えてアリシアをにらみつける。血を吐きながらアリシアらしきものが笑った。
「お前、どうして本物じゃないと分かった?」
ふんと神田が鼻を鳴らす。AKUMAに向けて冷笑する。
「あいつはそんなにホイホイ謝るたまじゃねぇんだよ」
今度はAKUMAも笑う。どろりと形が溶けて少し小さくなった。現れたのはラルフだった。深手を負っているというのに口角を歪めて嗤う。
「もうちょっとでうまくいったのになあ」
「甘くみんなクソAKUMA」
くすくすと笑ってラルフは神田を見た。
「でもあのチビもうすぐ死ぬぜ?」
神田は目を丸くして、ラルフをにらみ据えた。
「まさかレベル2が二体いるとはな」
自分たちの迂闊さに腹が立つ。おそらくアリシアも予想できてなかっただろう。まんまと一杯食わされたのだ。ラルフは余裕の笑みで神田の言葉に答える。
「レベル2はオレだけだ。馬鹿神父は違うぜ」
神田は思考を巡らすが答えは出ない。こういう時アリシアがすぐに正解に行きつくのに肝心な時に捕まっているなんて馬鹿にもほどがある。
「仲間の心配するより自分の心配したほうがいいんじゃね?」
路地や通りからやってきたのは無数のアリシアだった。神田は眉を寄せた。
「趣味の悪い能力だな」
「そりゃAKUMAだからな。当然だろ?」
そして物陰から負傷したであろうアリシアをラルフがずるずると引っ張ってくる。片手にはサルガタナスをアリシアの頭に据えている。アリシアは意識がないのかされるがままだ。神田は歯噛みした。
神田の表情を見てラルフが笑みを深くする。
「これじゃ手を出せないだろ?」
無数のアリシアが神田に向かってサルガタナスを構える。一様に安全装置を外してトリガーに指をつかえる。ラルフは神田に向かって手を振った。
「じゃーな、エクソシスト」
無数の銃弾が神田を襲う。だが一瞬で神田は跳躍して宙を舞った。二幻を一幻へ戻し、六幻が燐光を放つ。神田は叫んだ。
「災厄招来、界蟲一幻!」
蟲たちは無数のアリシアを蹂躙した。ラルフはアリシアに銃口を突き付けるが神田は止まらない。まっすぐ降りてきてラルフとアリシアを一緒に斬った。
ラルフはどろどろと崩れ、アリシアが悲鳴を上げる。だがそのアリシアでさえも黒い血を吐き出していた。神田は笑う。
「お前、甘いんだよ」
アリシアであったものがどろりと溶けて苦しそうなラルフが憎々し気に神田をにらみつけた。
「なんでわかった? あのチビに擬態してるって」
神田が口角を上げた。
「まず能力的にお前は戦闘向きじゃない。なら一番安全な奴に擬態するだろ?」
「それだけで仲間を斬れるのかよ?」
ハッと神田が笑った。
「そんなこと関係ねーんだよ。ただ捕まった馬鹿をたたっ切って何が悪い?」
ラルフが苦虫を噛んだような表情になる。
「お前、本当に聖職者かよ」
「生憎、神なんぞ信じてないんでな」
ラルフはよろけながら後ずさりする。もう余力がないのだろう。血は流れ続け、歯車が落ちている。
「クソッオレはまだ死ねない! まだ、まだ……!」
神田が表情を消して六幻を構えて言葉を吐き捨てた。
「逃がすかよ」
神田が一瞬にして距離を詰める。横に六幻を薙いだがラルフは間一髪変形して地面の隙間に入り込んだ。神田は舌打ちする。
そして木霊するように声が聞こえてきた。
『チビはポポロ宮だ。精々助けるんだな!』
そして気配がなくなった。取り逃がしたことに神田は顔をしかめたが、走り出す。アリシアもネイサンもきっとポポロ宮にいる。ならばやることは一つだ。
神田は迷いなくまっすぐに夜道を駆けた。
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